2017年9月18日月曜日

松浦亜弥さん移籍について、アップフロントの神対応が話題になってる!?

 とにかく、めでたい。ありがたい。
 何がありがたいかって、ブログのネタを提供してくれたことです。
  ここんところ、このブログって何なんだか、自分でも分からなくなってましたからね。

 何の活動もしてないのに、移籍話がネットニュースになるんですから、松浦亜弥さんもまだまだ捨てたもんじゃ有りません。
 自慢になりますけど、「松浦亜弥さんが活動を再開するとすれば、それは慶太氏の後押しがあったとき。」って、今年の3月に書いた通りになりつつありますしね。

 ただ、ネットニュースに対するコメントの多くが、松浦亜弥さんの活動再開についてでなく、事務所の対応についてなんですよ。どうも、そっちに注目がいっちゃってるみたいです。

 アップフロントのホームページによると、

 【・・(略)・・・この度の契約期間満了に伴い今後の活動に関して本人と話し合った結果、弊社との専属マネージメント契約を円満に終了する結論へと至りました。】

 と、あります。自ら「円満に」って言っちゃうところが面白いですね。で、この後、「長い間、応援ありがとうございました。」で終わっていいのに、何故か続きがあるんですよ。

 【松浦は、今後は夫である橘慶太氏の個人事務所に籍を移しますが、本人に関する問い合わせ等は、しばらくの間、弊社にて対応させていただきます。】

 「夫である橘慶太氏の個人事務所」って、やめたタレントがどこに行こうが関係ない話だと思うんですけど、しかも、「夫である橘慶太氏」ってわざわざ云うんですから。さらに、9月15日付けで契約満了なのに、「しばらくの間、弊社にて対応」するんだそうです。

 そして、結びの言葉が、

 【今後とも松浦亜弥へ皆様のお引き立てのほど、宜しくお願い申し上げます。】

 円満移籍と云われる所以ですね。このコメントが、今時珍しいと話題になって、アップフロントの好感度が上昇しています。解雇されても仕方ないくらい何もしてませんでしたからね。

 アップフロントに在籍したままでは、松浦亜弥さんの活動を慶太氏がプロデュースするのは、無理な話だったのでしょう。ただ、文面から判断すると、アップフロントは完全に縁を切ったわけでも無いように思えます。
 何としても夫のプロデュースを受けたい松浦亜弥さんと、活動を再開させ影響力を残したいアップフロント、その妥協点が「個人」事務所への移籍だったのではないでしょうか。松浦亜弥さんが「独立」でも良かったように思いますが、「夫の事務所に移籍」にしたのは、今後の活動への強い想いからかもしれません。

 アップフロントが「円満」を強調しているってことが何よりです。個人事務所では、ライブ1つ開くのも、いろいろと苦労があると思いますが、コットンクラブとか、使わせてもらえるかもしれませんし。

 とは云っても、厳しいことは確かだと思います。それなりの覚悟が無くてはできない決断だったはずです。悠々自適に暮らしていくんだったら、面倒見の良いアップフロントにずーーーっと在籍していれば良かったんですからね。
 こうなったからには、「何も無いということだけは無い」のは確かなことかと思います。

 まあ、あまり期待しすぎるのも、後が辛いですから、このくらいにしておきます。「解雇」だと格好悪いから「移籍」にしただけかもしれないし・・・・。

2017年9月10日日曜日

竹内まりや「SEPTEMBER」feat.初音ミク

 たまには、季節感のある投稿をということで。

「SEPTEMBER」は、竹内まりやさんの3枚目のシングルで、大ヒット曲「不思議なピーチパイ」の1つ前の楽曲になります。作詞:松本隆、作曲:林哲司という当時の最強コンビ。オリコンチャートは、最高39位ながら、セールスは10万枚越えだそうですから、ロングヒット曲だったんですね。1979年リリースですから、もう40年近く前になります。

 竹内まりやさんの楽曲は、カバーがとても多いんですけど、この楽曲も、たくさんの歌手がカバーしています。その中の1つ、「原田知世」ちゃんのテイクです。


 良いですねえ。フルコーラスで聴きたければ、CDを買いなさいってことですね。

 デビューした時、竹内まりやさんは、すでに立派な大人だったのですが、アイドル歌手的な扱いをされ、かなりご不満だったようですね。その後、山下達郎氏と結婚をして、テレビには出なくなっていったように思います。
 失礼な話ですけど、僕は、一発屋のアイドルが結婚して引退したみたいに思っていたものですから、「元気を出して」が出てきた時は「へえ~作曲とかするんだ」ってびっくりしたことを覚えています。


   いかがですか。なかなか可愛いテイクだと思います。

 気になる点をあげるとすると、英語の発音の部分でしょうか。「セプテンバー」の「プ」が強く発音されているのが気になります。「セッテンバー」って歌わせて欲しかったところです。もう1つは、「グッバイ」の「イ」ですかね。ここも「グッバー」で良いかと・・・、だったらオマエが作れと言われそうですから、このくらいで。

2017年9月6日水曜日

「マイカルミライ2017」で、鏡音リンのコスプレしてる女の子が、喫煙コーナーで煙草吸ってたのがシュール過ぎ!!

 鏡音リンは、永遠の15歳ですから、明らかに補導の対象となるはずです。

 とはいえ、ライブでリンちゃんが出てくると盛り上がります。今日は、14曲目に演奏された「ココロ」から貼り付けさせていただきます。


 今回のマジカルミライは、3日間で、のべ3万人だったそうです。その中の2人は僕です。客層は、相変わらず幅広いのですが、ファミリーとか、ヲタクさんとか、熱狂的なファンは減ったように思います。コスプレの方のための更衣室(男性用も)が用意されていましたけど、そんなに多くはなくって、普通の若者が中心って感じでした。男女比は、僕の周りでは、7:3くらいでしょうか。外人さんも思ったほどでは、ありませんでした。ただ、同じブロックにイスラムのお嬢さん(インドネシアかマレーシア?)がいて、ライブが終わると感動されて泣いていたのが印象的でした。
 まあ、賑わいを実感できないのは、幕張メッセが広すぎて熱気が拡散してしまっているからで、神社の境内みたいなところで開催されていれば、印象も変わるかもしれません。

 同じ日に、イベントホールでは「三森すずこ」さんのライブが開かれていたみたいです。夕方になると、男の子の集団が集まっていて、あちらは、声優ライブ、こちらはボーカロイドライブ、まあ世間的には、どちらも同じように思われているかもしれませんけど、集団の雰囲気が何となく違っていて面白かったです。

 17曲目の「気まぐれメルシィ」です。こんな激しいステージだったんですね。かけ声ばかりで、ステージ見てませんでしたw



 今年の初音ミクは、ダンスもキレッキレで上手だったような気がします。モーションキャプチャーのダンサーさんが上手だったんでしょう。

 企画展ですけど、オジさん的には、見るべきものは乏しかったです。カメラは持参しませんでしたけど、持っていたとしても、撮るところは無かったと思います。物品販売が主になるのは致し方ないんですけど、昨年は、痛車の展示とかありましたからね。

 企画展ステージは、盛り上がっていたようです。初音ミクのCGが無くっても、DJなどによるボカロ曲を楽しみたい人も多いだろうし、少なくなったとはいえ、歌ってみた動画や踊ってみた動画もあるわけですから、音楽の様々な楽しみ方と、その発表の場として、企画展のミニライブ会場が運営されていくのは、良いことだと思います。
 ボーカロイドライブの原点は、楽曲の発表の場でしたし、ステージには、スクリーンに映されたCGでなく、楽曲の制作者が上がるのが本来の形ですからね。

 会場を仕切って、覗けないようにして、別料金を取るのも運営上仕方ないことですけど、音だけ聞こえるというのも悲しいです。もっと会場を大きくして、入退場フリーのイベントステージみたいだったら、賑わいを共有できて嬉しいんですけどね。

 アンコールの1曲目「砂の惑星」です。ミクの衣装が、MVみたいので無くって、可愛いやつだったので良かったです。


 来年の告知がありました。「マジカルミライ2018」は、「インテックス大阪」と「幕張メッセ」の2会場だそうです。って、本当に幕張が好きなんですね。会社の忘年会みたいに、今年の打ち合わせに行ったついでに、来年の予約をしちゃうみたいな感じでしょうか。

 だからといって、マンネリだとかは決して云いませんよ。いつまでも、少なくともあと1年は楽しめる。ファンにとっては、これ以上の幸せはありませんから。

2017年9月3日日曜日

初音ミク「マジカルミライ2017」に参戦したのだが、五十肩でペンライトが振れない!!

 前々から、違和感があったんですけど、ついに五十肩になってしまいました。左腕を上げるのがつらいです。僕は利き手が左なんで困ります。上げた腕を下げる時は、もっとつらいです。肩が痛くてたまりません。でも、痛いのが分かっているのに、何故か腕を上げてしまいます。で、下げられなくなって「何で腕を上げたんだろう」って、後悔します。

 と、云うことで「マジカルミライ2017」は、最悪のコンディションの中、ロキソニンを飲みながらの参戦になりました。会場で、両手にペンライトを持っているのに、左腕を下げたままのオジさんを見かけましたら、それが僕です。

 とりあえず、印象に残った曲をいくつか貼り付けさせていただきます。まずは、鏡音レンによる「Fire◎Flower」、この動画はニューヨークでのライブテイクのようですね。


 バックモニターのCGとか、今回と同じみたいです。でも、さすがアメリカですね。盛り上げ方が違いますw

 僕が、参戦したのは、9月2日(土)の昼と夕の2公演でした。今回は、SS席が取れなかったので、どちらもS席での参戦となりました。

 ギリギリまで、ファミレスとかで時間を潰してから行きました。もうオジさんですから、長時間立ってられませんし、しかも五十肩ですから・・・。
 開場待ちで並んでいた人のつぶやきによると、リハーサルの音漏れがすごくって、セットリストが事前に全部分かっちゃったみたいですね。

 昼公演は、前の方だけど端っこのB8ブロック。ほんとに端っこの方でしたけど、スクリーンは、思いのほか見やすかったです。横から見ても見やすいように改良されてきているのでしょうか。
 それから、隣が通路なのは、動きやすくって良かったんですけど、係のお兄さんが頻繁に見回りに通るので、気になって仕方ありません。職務に忠実なのは良いんですけど、刑務所の看守みたいに歩くのは、やめて欲しいです。ライブのリズムに合わせて、ちょっと体を揺らすだけでも、雰囲気壊さなくなるんですけどね。一緒に楽しんでいるっていう姿勢を演出してくれれば、「通路にはみ出さないで」って云われても、素直に聞くことができるんじゃないかなって思います。

 夕公演は、真ん中だけど後ろのG3ブロックです。ブロックの中でも最後列でしたから、ほんとに後ろの方でした。でも、今年の会場は展示場の第3ホールのみと狭めで、座席のほとんどがSS席扱い、S席は、その周りだけでした。これでも、武道館だったら、アリーナー後ろの方って感じでSS席扱いだと思います。2公演目でしたし、さすがにスクリーンは遠かったんで、見ると云うよりも、声出しに集中でしたね。
 まあ、広い会場で一度にやるよりも、このくらいの所で、5公演やってくれるほうが、良心的かもしれません。コンサートホールならもっと良いんですけどね。

 肝心のライブですけど、昨年と同じ幕張メッセで、バックバンドも同じ、楽曲もいくつかは、かぶってますから新鮮さはありませんが、それでも、同じ楽曲でもキャラクターを複数登場させて、合いの手を入れさせたり、ダンスさせるなど、所々では、趣向を変えてきていました。
 あと、ボーカロイドの歌は聴き取れないことが多いんで、いくつかの曲でバックモニターに歌詞を映してくれたのは嬉しかったです。
 それから、初音ミク発売10周年、マジカルミライも5回目という節目を迎えて、今までの歩みを振り返るような演出が印象的でした。今回のライブが「みくみくにしてあげる」で始まって、ラストが「メルト」というのも、その流れからきているのでしょうか。
 ライブの中盤で、過去のライブを振り返るみたいなコーナーがあって、「エレクトリック・エンジェル」とか演奏したんですけど、昔のCGを使っていたように見えました。
 で、最後の1曲が、ずいぶん早いなあと思ったら、アンコールで5曲もやりました。これも、今までになかった流れでしたね。

 2曲目は「ツギハギスタッカート」。抽象的な表現が多い歌詞ですから、いろいろな解釈がされているみたいです。


 この手の歌は、初音ミクがお似合いですね。人間の女の子だと誰でしょうか。昔だったら、「谷山浩子」とかでしょうけど。

 最初に「みくみくにしてあげる」が流れてきたときは、ちょっと泣きそうになりました。その後、知らない曲が続いて困ってしまいましたけど・・・。昨年のライブが、ノリの良い曲がほとんどだったのに対して、今回は、バラードっぽいのとか、メッセージソングとか、バランスのとれた良いセットリストだったと思います。
 ただ、「これ、良い曲だな~」って思った曲のほとんどが、昔のものだったんですよね。「名曲は過去に有り」っていうのも寂しいですけど、考えてみれば、偉大なアーティストのライブでも、過去のヒット曲をやるときが一番盛り上がるわけで、これも10年間の積み重ねの賜と云うことでしょうか。

 それから、ライブの中盤に演奏した5曲分ですけど、初日とセットリストを変えてきたとのことでした。先ほど、3日目のセットリストの情報も入ってきましたけど、全部取っ替えっていうわけでもないようです。でも、新しい試みで面白いです。
 ただ、1日目と2日目は、セットリストを変えても、昼の部と夜の部は同じなんですよ。これって、どうなんでしょうか。2日間続けて通える人って、そういないと思います。僕的には、日替わりでなくって、昼夜で変えて欲しかったです。それとも、昼夜2回参戦する方が珍しいのかなあ。

 ラストソングは、今回も「ハジメテノオト」をみんなで歌いましたが、ラス前は、livetune氏の「DECORATOR」でした。最後にボーカロイドの皆さんがスクリーンに勢揃いしてお終いという演出でした。


 今回も、全27曲を再生リストにまとめましたから、よろしかったらどうぞ。

  初音ミク マジカルミライ2017(いろいろ集めて再現しました)

 思いつくままに書きました。今日のところは、ここまでにさせていただきます。

パソコンが壊れてしまいました

 パソコンが動かなくなりました。ハードディスクだと思います。

 ブログを始める少し前、頻繁にYouTubeを見るようになってから買い換えたので、そんなに古くないはずです。でも、無いと困りますから、新しいパソコンを買ってきました。思わぬ出費でつらいです。欲しくって買い換えるのと、壊れて買い換えるのでは、テンションが違いますから。

 それほど大切なデータが入っていた訳ではないんです。整理済みのデジカメのデータとか、YouTubeで拾い集めてきた○○とかくらいでしょうか。あと、書きかけのブログ記事が少し。

 昔だったら、パソコンを買うなんて、一大イベントでしたから、何日も前から情報を収集して、パソコン屋に何度も通いましたけど、今日は、量販店で速攻で決めてしまいました。扇風機を買ったときのほうが、いろいろと悩んでいたと思います。
 Lenovoとかありましたけど、結局、国内メーカーにしました。聞いたところによると、NECだって、今じゃあ中身はLenovoだとか云うことだし、東芝だって富士通だってMaid in Chinaですけど、昭和世代の悲しさでしょうか、国内メーカー至上主義から抜け出せません。
 というわけで、今回は、富士通にしました。Blu-rayくらい再生したいですから、「CORE i3」搭載の「中の下」くらいのにしました。これにしますって云ったら、カウンターの向こうから、持ってきて、そのままお会計です。ほんとにあっけなかったです。

 記憶をたどっていくと・・・。

 NEC8001mkⅡ→ NEC8801mkⅡ(中古)→空白の期間→FM-TOWNS(初めてのワープロソフト購入)→NECのオールインワンのやつ→NECのオールインワンの液晶のやつ(インターネット開始!)→VAIOのノートパソコン(一番の高額パソコン)→東芝のダイナブック(一太郎ワープロ専用機として今も現役)→東芝ダイナブック(クラッシュ!)→富士通ノート

 ってところです。ノートパソコンになってから4台目ですけど、買い換えるごとに、値段が安くなっていきます。でも、YouTubeの画像とか、また一段と綺麗になったような気がします。

 と、いうことで、新しいパソコンで心機一転、テンション上げていきますね。

2017年8月23日水曜日

【緊急投稿】 潜水艦「伊58」と米巡洋艦「インディアナポリス」の悲劇 ~ウォーターライン製作記・番外編~

 僕は、「伊58」のプラモデルも「インディアナポリス」も製作してないのですが、この2隻に関するニュースが相次いで飛び込んできましたので、番外編として投稿させていただくことにしました。

 まずは、米巡洋艦「インディアナポリス」について、8月21日付の新聞記事からです。

「米マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン氏が率いる探査チームは19日、太平洋戦争末期に旧日本軍の潜水艦に撃沈された米軍の重巡洋艦インディアナポリスの残骸の一部をフィリピン沖の水深5,500メートルの海底で発見したと発表した。」


 ポール・アレン氏は、戦艦「武蔵」を発見したことでも話題になりましたが、沈没船の探査が趣味だというのですから、世界有数の大富豪がやることはスケールが違います。

 次に、潜水艦「伊58」について、5月25日の公開記事です。

「海中ロボット研究の第一人者である東京大学の浦環名誉教授らのグループは、長崎沖の海底で終戦直後にアメリカ軍によって処分された旧日本海軍の潜水艦を発見した。曳航式のサイドスキャンソナーで撮影された画像には、ほぼ垂直にそびえる潜水艦が写っている。艦首とみられる部分の高さは約60メートルで、大きさから「伊58」またはその同型艦であると推測されるとのこと。」
 
 で、再調査の資金を集めるためのクラウドファンディングを行ったところ、目標としていた500万円が集まったので、8月22日から再調査を行っているそうです。映像は、ニコニコ動画で生中継をするとのことでした。22日のNHKのニュースでも紹介されていましたが、確認は未だのようですね。
 ポール・アレン氏との資金力の違いはともかくとして、マイクロソフト&ニコニコ動画という組み合わせが何ともです。

 ウォーターラインシリーズでは、「伊58」も「インディアナポリス」もタミヤの製品になります。過去に40周年記念限定モデルとして、この2隻をセットで売り出したこともあったようです。今回の出来事を機会に再び、と考えるところですが、まあ、フットワークが軽くないところがタミヤですからねえ。

 日本の潜水艦「伊58」は、終戦の1年前、1944年9月に竣工した巡潜乙型(航続距離が長く偵察任務を主とした)潜水艦です。物資が窮乏する中での建造のため、スペック通りの性能は出せなかったようですが、それでもレーダーなどを備えた最新型の潜水艦でした。しかし、すでに戦争は特攻戦が中心の時期、「伊58」は人間魚雷「回天」を使用する作戦に従事するようになります。

 
 「伊58」は、終戦間近の7月、回天を搭載して4度目の出撃をしました。そして、29日深夜、グァム島とレイテ島を結ぶ航路上で、速力十数ノット、単艦で航行中の大型軍艦と遭遇します。橋本艦長は、「回天」でなく通常魚雷での攻撃を選択、右60度、距離1500mという絶好のポジションより魚雷を6本発射、そのうち3本が命中します。
 「伊58」が浮上したときには、艦影は無く、撃沈と判断し海域を離脱します。沈めた艦が巡洋艦「インディアナポリス」であったことを知るのは、終戦後のことでした。
 その後、「伊58」は、終戦を知らせる電報を洋上で受け取り、8月17日に呉に入港。橋本艦長は、そのまま海軍にとどまり、復員輸送船の艦長となります。


 アメリカの重巡洋艦「インディアナポリス」は、アメリカ海軍第5艦隊の旗艦を務めた有名な軍艦でした。第5艦隊は、空母18隻、戦艦12隻、航空機300機などからなる大艦隊でしたから、巡洋艦を旗艦とするには、スペース的にムリがありましたが、司令官スプールアンスは同行する参謀の数を減らしてでも、「インディアナポリス」を旗艦とすることにこだわりました。少数精鋭主義を実現すべく、参謀を減らす口実とするために旗艦にしたとも云われています。幕僚は32人いたそうですが、それでも第3艦隊の半分だったそうです。

 1945年3月31日、「インディアナポリス」は、沖縄上陸戦を支援中に特攻機の攻撃を受け損傷、旗艦の任を解かれ、サンフランシスコで修理を受けることになります。スプールアンスは、修理が終わったら、インディアナポリスを再び旗艦にすることを希望していたそうですから、よほどお気に入りの軍艦だったようです。


 修理がほぼ完了した7月16日、インディアナポリスは、極秘の荷物を積んでサンフランシスコを単艦で出港、テニアン島へ向かう命令を受けます。荷物は、後に広島へ投下された原子爆弾(部品)でした。積み荷については、乗組員はもちろん、マクベイ艦長にも知らされてなかったと云われています。

 7月26日、無事任務を完了したインディアナポリスは、テニアン島を出発、グアム島を経てレイテ島へと向かう途中で「伊58」の雷撃を受けることになります。
 3本の魚雷を受けたインディアナポリスは、弾薬庫が誘爆し、SOSを打電するものの、まもなく電気系統が停止し、雷撃から12分で沈んでしまいます。

 この事件は、2016年に「パシフィック・ウォー」という題名で、ニコラス・ケイジ主演により映画化されています。


 インディアナポリスに特攻したのは、「零戦」でなく「隼」で、当たったのは船尾だったそうです。まあ、他にもいろいろとツッコミどころはありますが、話が逸れてしまいますのでやめときます。

 乗員1,200名のうち、沈没時の戦死者は約300名、約900名が海上に投げ出されたと云われています。

 一方、海軍の各基地では、SOSを受診するものの、すぐに途絶えてしまったため、発信者や位置が不明のまま時間だけが過ぎていきました。
 インディアナポリスの任務が極秘であったために行動が知らされず、サンフランシスコにあるものだと思われていたこと、駆逐艦の護衛も無く単独での航海であったこと、(任務終了後のはずなのに)グァム島からレイテ島に向かっていることが通達されていなかったことなどが、発見を遅らせた理由とされています。
 また、グァムの基地は海軍、レイテ島は陸軍の管轄であったため、意思の疎通について何らかの問題(ニミッツとマッカーサーが日本攻撃の主導権を争っていて司令部間の相互連絡が全然取れていなかったなど)があったのではないかとも云われています。

 撃沈から3日たって、飛行艇が漂流者を偶然発見したことで、インディアナポリスの遭難が明らかになります。救助が完了したのは沈没から5日後、その間に900名いた生存者の3分の2が亡くなり、生きて帰ることができた者は、艦長を含めて316名だけでした。
 漂流者の主な死因は衰弱死でしたが、鮫に襲われた者も少なくなかったと云われています。また、鮫が襲ってきたことでパニック状態になり、多くの兵が衰弱を早めてしまったとも云われています。この「鮫に襲われて亡くなってしまった」という話は誇張され、インディアナポリスの悲劇としてアメリカ国民に伝わっていきました。

 制空権も制海権も完全にアメリカが握っていた海域で、何故このような事態になったのか、戦後、アメリカ国民の批判を受ける形で、異例の軍事裁判が開かれました。

 原因は、明らかでした。1つは、原爆を運ぶという極秘任務についていたこと、もう1つは、人為的ミスによる連絡不備でした。ところが裁判は思わぬ方向へと進んで行きます。裁かれたのは、救助の遅れではなく、沈没の責任でした。適切な行動をとらなかったことで魚雷攻撃を受けたとされ、マクベイ艦長が起訴されたのです。
 戦時下で、艦長が撃沈の責任を追求されるなどと云うことは異例のことです。アメリカは、第2次世界大戦で、夥しい数(700隻とも)の艦船を喪失していますが、沈没の責任の追及を受けたのはマクベイ艦長だけでした。
 さらに、海軍は、証人として「伊58」の橋本艦長を召喚します。自国の指揮官の責任を追及するために、敵国の指揮官を証人に立てるなど、これもまた前代未聞の出来事でした。

 予告編の動画の敬礼の場面になります。二人が直接対面したとは考え難いのですが、感動の場面ではあります。

 橋本艦長は、予備尋問で、「あの状況であれば、魚雷回避は不可能であった」との証言をしますが、これは海軍の求めていたものではありませんでした。橋本艦長は本裁判では証言をする機会を与えられなかったといいます。

 判決は「有罪」。しかし、海軍上層部(第5艦隊の関係者か)の嘆願により裁判は突然中止になり、マクベイ艦長は海軍に復帰することになります。「有罪」ではあるが「お咎め無し」となったのは、海軍としても責任を彼に負わせれば、それで十分だったのでしょう。
 しかし、有罪となったことで、彼は乗組員の遺族などからのバッシングを受けることになりました。度重なる非難を受けて、彼は1968年にピストル自殺をしてしまいます。

 自殺から8年後の1975年、1つの映画が封切られます。題名は「ジョーズ」。映画に登場する漁師は、「元インディアナポリスの乗組員で過去のおぞましい体験によって、鮫に強い恨みを持つようになった」という人物設定でした。(そうだったんだ)
 「鮫」=「インディアナポリス」というイメージが、いかに深くアメリカ人に刻み込まれていたのかが分かります。
 この映画を見てインディアナポリスの事件に強い関心を持った少年がいました。当時12才のハンター・スッコトは自由研究にこのテーマを選び、過去の裁判記録や元乗組員の証言を調べます。そして、この裁判が明らかな誤審であったことを確信します。彼の活動は、少しずつ広がり、やがて橋本艦長の予備尋問の証言が再発見されるなどして、マクベイ元艦長の名誉回復運動が始まりました。
 日本のマスコミからこのことを知らされた橋本元艦長は、名誉回復運動に名前を連ねるようになります。

 2000年、アメリカ議会は、マクベイ元艦長の名誉回復を議決します。インディアナポリスの撃沈から55年後のことでした。

 艦を沈められた乗組員が悲惨な運命をたどるのは、珍しいことではありません。日本海軍など乗組員全員戦死という艦はいくらでもあります。
 ただ、インディアナポリスが原爆を運搬していたことが、この悲劇を引き起こしたのは確かです。インディアナポリスが極秘任務に就いていなければ、単艦で行動することもなく、撃沈されたとしても速やかに救助活動が行われてたはずだからです。
 しかし、原爆投下を正当化しなければならないアメリカ政府にとって、悲劇の原因が原爆運搬にあるとは、何が何でも認めるわけにはいきませんでした。

 漂流中に命を落としたインディアナポリスの乗組員たち、彼らもまた、原爆の犠牲者と云えるのかもしれません。

2017年8月17日木曜日

上國料萌衣「ピザーラお届け!」

 何となく、ピザでも取ろうかってことになりました。このところは「50%OFF!」みたいなチラシを頻繁に入れてくる「ドミノ・ピザ」を注文していたんですけど、たまには、「ピザーラ」にしようって話になりました。僕の住んでいる町では、選択肢は、その2つだけです。

 で、「ピザーラ」と云えば、そう、「上國料萌衣」ちゃんの「夏のよくばりクォーター」じゃありませんか。何という偶然!。


 ネット情報によると、「よくばりクォーター」を注文すると3人のカードがオマケに付いてくるみたいです。「よくばりクォーター」は、「タルタルチキン」や「もち明太子」が入っているんですけど、「子どもじゃあるまいし」ってことで却下されてしまいました。で、結局「夏のキャンペーンクォーター」になりました。もしかしたらって、密かに期待していたんですけど、カードは付いてきませんでした。でも、美味しかったですよ。ドミノ・ピザよりクォリティーは高いように思いました。
 ただ、値段もそれなりです。聞いたところによると、値段を下げて大量に売る「薄利多売」では、配達にコストがかかって経営が成り立たないんだそうです。つまり、宅配ピザは気安く頼んでもらっちゃあ困るんだそうで、たまーにしか食べられないような価格設定にしてあるそうですよ。

 「ピザーラ」が業界1位になったのは、「ピザーラお届け」でお馴染みのCMに力を入れた結果ですよね。1号店オープンは30年前、CM開始は26年前からだそうで、有名タレントを数多く起用し、過去には「松田聖子」さんも出演したことがあったみたいです。(覚えてないけど)
 このところは、ハロプロのタレントさんをよく使ってくれるので、「ピザーラ以外のピザは食べない」という誓いを立ているハロオタ君も多いようです。


 まあ、間接的のそのまた間接的なんですけど、上國料萌衣ちゃんのタレント活動を、サポートできたかなっていう感じですw

 で、この場を借りて。

 先日紹介させていただいた「上國料萌衣:Love涙色」の動画に自主規制がかかっちゃいました。視聴回数がもうすぐ30万回ってところだったんですけど・・・仕方ないですね。
 だからといって、わずか3分間のテイクのために、数千円もする「ひなフェス」のBlu-rayを買う人がいるとも思えませんし・・・。
 あのテイクは、是非とも公式動画として公開して欲しいです。安い先行投資だと思いますよ。上國料を広く世間に伝えることができれば、将来、何倍にもなって、事務所に恩恵をもたらすはずですから。