2015年12月20日日曜日

可愛い赤ちゃん、素敵なお母さん

 先日、育児休暇中の同僚が事務手続きか何かで久しぶりに職場に来てたんですけど、ちょうど赤ちゃんを連れてきてたんですよ。まあ、同僚といっても歳も離れていますんで、特別に親しいというわけでは無いのですが。

 で、僕は、職場で松浦亜弥や初音ミクの話をすることなど、もちろん無いのですが、ひょんなことから、松浦亜弥の話になったことがあったんです。案の定、周囲の反応は、意外だと云いながら若干引き気味。そんな時に、話にのってきてくれたのが彼女でした。実は彼女、松浦亜弥さんとは同い年で、誕生日も1日違い。そんな縁で、彼女自身も松浦亜弥さんのファンだったと話してくれました。
 で、それからしばらくして、赤ちゃんができて休暇に入ったんですけど、生まれてきたのが女の子で、誕生日も、松浦(橘)さんちの子と、半月と違わないんです。

 ですから、当然のこととして、赤ちゃんをだっこしている彼女の姿を、松浦亜弥さんと重ねて見てしまいました。もうすぐ1才の誕生日、見知らぬ場所に連れてこられて、ちょっと涙目の赤ちゃんは、それはそれは可愛い女の子でした。

 松浦さんちの女の子も、こんなふうに、つかまり立ちをして、或いは、もう歩き始めているかもしれません。なんだか、こんな可愛い赤ちゃんを置き去りにして、芸能活動を再開して欲しいなんて言っている自分が、人非人のように思えてきました。

 一般的に法で決められている育児休業は、1年間なんですが、最近は、3年ぐらい休むお母さんも多いらしいです。どうでもいいことなんですが、タレントさんも事務所から育児休業給付って受けているんでしょうか。


 ということで、今回は、ノープランで書き始めたんで、話のオチも、貼り付ける動画も、ありませんw

 ブログ更新が遅延すると言いながらも、しつこく投稿してきましたけど、とりあえず、更新は年明けまでお休みすることになります。

 では、良いお年をお迎えください。

 それから、メリークリスマス。

 それから、お誕生日おめでとう。






 やっぱり、最後は前向きで可愛いテイクでお終いにします。
 電ポルPさんの楽曲で「Lap Tap Love」。歌っているのは、初音ミク。
 ダンスは、艦これの涼風と五月雨です。 
 

   2016年が良い年でありますようにwww

2015年12月19日土曜日

「クイーン」  ~フレディ・マーキュリーよ永遠なれ編~

 今回のテーマは、今更ながらの「クイーン」です。久しぶりに聴いて、ハマり直してしまいました。で、松浦亜弥さんの話題もないんで、時間つなぎに投稿します。

 では、早速、「ボヘミアン・ラプソディ」貼り付けさせていただきます。楽曲に併せて制作されたビデオ映像なんですが、これって世界初のPVなんだそうです。さらに、イギリスで最も売れた楽曲。演奏時間6分越え。オフィシャル動画の視聴回数、一億八千六百万回。低評価数が23,000個って、何もかもスケールが違いますね。しかも、クイーンって、オフィシャルも含めてYouTube上に動画が豊富にあるんですよ。太っ腹ですね~。


 「ボヘミアン・ラプソディ」は、クイーンが1975年に発表した、フレディ・マーキュリー作の楽曲です。クィーンファンの皆様なら、スタートは、「輝ける7つの海」とか「キラー・クイーン」辺りからでしょうけど、ライトなファンの僕は、「ボヘミアン・ラプソディ」からになるんですよ。

 この曲を初めて聴いたのは、中学校の給食中の校内放送です。僕は、その頃は、かぐや姫とかN.S.P.なんかを聴いて、必死にコピーしていた頃で、せいぜいビートルズ止まり。レッド・ツェッペリンなんて理解不能のウブな中学生でした。
 当時、僕のいた中学って、放送委員会と先生たちの熱い闘いがあったんです。放送委員が、流行の曲をかけると、先生たちが放送室に乗り込んできて強制終了させられて、また、次の日に、放送委員が、これならどうだってムキになってかける、というバトルを繰り広げてたんですよ。ところがこの曲をかけた時、何故かストップがかからなくって、そのまま流れたんですよね。理由は、分かりません。先生たちの中にファンがいたのか、或いは、この曲がロックだなんて思わなかったのかも知れません。

 その時は、僕はクイーンなんて全然知らなかったんですが、凄い衝撃を受けたんですよね。その後、僕の弟がクイーンにハマりだして、LPとかを買ってきたんですよ。で、一緒に聴いてました。確か、家にあったLPは、「オペラ座の夜」から「華麗なるレース」「世界に捧ぐ」「ジャズ」までだったと思います。まあ、一般常識としては、十分でしょうw

 次は、これまた有名な「Somebody To Love」のライブ動画。在りし日のフレディの雄姿です。


 お馴染みの、スタンドから引っこ抜いたようなマイクで、モノマネしてくださいといわんばかりの、パフォーマンス。声のキーが低くなって、高音が出なくなったら、出ないんだからしょうがないだろって感じで、そのまま低く歌っちゃうなんて、逆に格好良すぎますww。

 日本のフォークソングと昭和歌謡しか知らなかった僕は、この曲の構成とか、コード進行とか、いったいどうなっているんだろと思いました。こんな曲の構成は、絶対理解不能だし、アマチュアバンドでコピーなんてできるわけ無いし、素人は、ただ憧れながら聴いているだけなんだって思い知らされましたよw

 まあ、純粋な(?)ロックファンからは、世界で最も過大評価されているアーティストなんて云われてますけど、昭和の中学校教師にもストップされることなく、ロックのことなど何も分からない僕に衝撃を与えたという事実は、彼らが偉大なアーティストであることの何よりの証明だと思います。
 音楽なんてのは、いくら偉そうなこと言ったって、聴いて貰ってなんぼ、買って貰ってなんぼ、のモノなんですから。

 書き始めてみて、時間つなぎなんて言ったことが、恥ずかしくなってしまいました。

 フレディは、親日家としても有名で、日本語もある程度話せたそうです。そして何よりHIV感染者であることを告白した最初で最大の有名人。改めて、彼って唯一無二の存在だったんだなって思います。
 
 お終いは、「ドント・ストップ・ミー・ナウ」でいかがでしょうか。これぞ、フレディ、これぞクイーンって感じなんで。


これは打って変わって、分かりやすい格好良さに溢れた楽曲ですよね、クイーンが多くのCMなどに採用される理由も此所にあると思います。

 貼り付けたい動画が有り過ぎて、困ってしまいました。結果的にベタな選曲になってしまいましたが、やむを得ませんww。
 キリが無いんで、今日のところは、ここまでにしときます。いずれまた。

2015年12月18日金曜日

山下達郎「クリスマス・イブ」feat.初音ミク (再投稿)

 この記事は、今年の4月に投稿した記事の使い回しです。まあ、本来は、この時期に出すべきモノでしたので、再投稿します。今回は、これでご勘弁をww


 今回のテイクは、山下達郎さんのファンからすれば、「何だこれ」っていう感じかもしれませんが、僕は、結構気に入っているんです。

 まずは、ご本家「JR東海 クリスマスエクスプレス」から。このCMは、毎年、様々なバージョンで作成されましたけど、僕はこの第2作目の牧瀬さんのが大好きなんですよ。思い出しただけでも涙が出てしまうくらいなんです。

 牧瀬里穂さんは、当時17歳、登場する駅は名古屋駅だそうで、東京に行った彼氏が名古屋に帰省するという設定だったんですね。大学生の彼氏と高校生の彼女でしょうか。羨ましい限りですww
 では、早速、貼り付けさせていただきます。プレゼント選びに時間がかかってしまい、改札口に急ぐ里穂ちゃんです。


 僕は、「てつお」ではありませんが、鉄道って良いですよね。今でも新幹線のホームで列車を待っていて、N700Aなんかが滑り込んできたら、小さくガッツポーズなんかしちゃうんですよ。

 それから、何で2人がこんな格好をしているのか、ずーっと気になってたんですけど、お互い見つけやすいように約束していたんですよね。で、CM中は、会話はおろか、視線さえも交わさないでしょ。細かく作り込んでいながら、一番肝心なところは、見ている側に想像させる、心憎いばかりの演出です。久しぶりに見て、改札に立つ駅員さんにも感動しちゃいました。
 動画コメントによると、終電後にロケをしたとのこと、ってことは、歩いている人、全部エキストラさんってことですよね。そう思って見てみると、確かに通行人の動きが不自然ですw

 つづいて、初音ミクのカバーです。今回貼り付けさせていただくのは、IのM市郊外の夜景がバックに流れる「初音ミクwithスーパーティーチャーズロンリーハーツクラブバンド」さんの作品です。

 ただ普通に流れている夜のドライブ映像なんですが、これが歌と妙に合っているんです。ミクの語りかけるような歌わせ方、コーラスの使い方も上手ですし、良く出来たカバーだと思います。山下さんほどの方になると、なかなか人間の歌手でもカバーをするのが難しいと思いますが、これはこれで十分にアリではないかと思います。


 いかがでしたか、全く正反対の演出ですよね。でも映像とミクの歌がこの曲の良さを十分に引き出していると思うんです。僕は、この動画を見つけたとき、何か小さな宝物を発見したような気分だったんですよ。



 では、今回はここまでです。

 素敵なクリスマスになりますように。

2015年12月13日日曜日

松浦亜弥セカンド全国ツアー「Yeah!めっちゃライブ」

 今回も、松浦亜弥さんのツアーに関する記事です。何か、このシリーズでしばらく押してみようかなって気になってきました。といっても、書きたい時に書きたい順ってことになると思いますw

 「Yeah!めっちゃライブ」は、2002年の秋に全国26カ所で、のべ46公演おこなわれたツアーです。最も大きい大阪フェスティバルホールでも3,000人弱、あとは、秋田とか大分とか、全国津々浦々の中規模ホールを回っていたようです。DVDになっているのは、ツアーの中程、11月17日に中野サンプラザで行われたテイクです。
 この先もそうなんですが、ニューアルバムのリリースを受けて開催される春ツアーに比べて、リリースの無い秋ツアーは、演出に凝ってみたり、珍しい楽曲を入れみたりと工夫してくるようです。

 オープニングは、新曲「THE 美学」。ツアー中盤からは、リリース前の「草原の人」のお披露目が始まります。
 ネットで、当時のライブレポートを検索すると、「THE 美学」に関しての微妙な言い回しが見受けられます。もちろん、ファンですから悪くは云ってませんけどw。で、カップリング曲の「I Know」の評判は、この時から既に高くって、完全にA面とB面を取り間違えたことが分かります。

 DVDの作りは、かなり気合いが入っていて、この時期には珍しくワイド画面で、ハイビジョン撮影でしょうか、画面も綺麗です。ただ、大盛り上がりの観衆に比べて、肝心の「あやや」の歌が、どうもイマイチなんですよね。声が出てなくって、ちょっとお疲れ気味に感じます。それでも、後半になってくるとだいぶエンジンもかかってきて、いつもの「あやや」の感じになるんで、DVDを見るときは、途中から見ることが多かったです。・・・スミマセン、最近見てないんで過去形になってしまいました。

 シングル+アルバム曲中心の「ファーストツアー」に対して、シングル+カップリング曲中心の「セカンドツアー」って感じですよね。貼り付けさせていいただくのは、セットリスト3曲目の「つまんないよ・・・」。これは、「めっちゃホリデー」のカップリング曲ですよね。


 セカンドツアーってことで、ステージングも慣れたものなんですが、どうも、中途半端に場慣れしている感が気になります。アイドルのコンサートは、MCも台本通りの台詞に過ぎませんから当然なんですけど、それにしても台詞を噛むことも無く、あまりにもそつが無さ過ぎて、わざとらしさばかりが伝ってきてしまいます。「完璧すぎて萌えられない」と云うファンのコメントがありましたが、上手いこと言ったものです。
 なんか、ファンブログらしからぬ記述ばかりですね。実際のライブ会場では、こんなことは全然気にならないでしょうから、ライブに参戦できたオタクさんは、十分に満足していたと思います。

 ライブ中盤の衣装は、女子高生の1日という演出でしょうか、普段着っぽいんですが、普通に可愛いと思います。人生で一番可愛い時期なんですから、これで十分です。
   

 「○○-女子高生の主張-」は、「LOVE涙色」のカップリングですね。この曲も、このライブテイクが唯一だと思います。ロックバンド風のアレンジで、「かわ、カッコいい」感じに良くできている楽曲に思います。

 3番目の衣装は、「ハート星の某」だそうです。お姫様のつもりのようですが、貫禄が有り過ぎて、「不思議の国のアリス」に出てくる、トランプの女王様に見えてしまいます。「I Know」はともかく、「初めて唇を重ねた夜」をこの衣装で歌うのは、やめて欲しかったですw。またまた、ファンブログらしからぬ記述になってしまいました。反省です。
 貼り付けさせていただいたのは、「私のすごい方法」です。


 なかなかのテイクですね。2番がカットされていることが残念でなりません。

 最後は、「桃色片想い」「絶対解ける問題」「LOVE 涙色」「Yeah!めっちゃホリディ」と温存しておいた曲を、立て続けに歌って、盛り上がってお終い、という構成です。
 アンコールは、袴姿で「ドッキドキ!LOVEメール」「笑顔に涙」となっています。

 どうしても、ファーストツアーと比べてしまうんですが、ちょっと作りすぎた感じがするんですよね。変な設定とか、余計な演出なしで、もっと普通に「あやや」に歌わせても良かったかなって思うんですよ。

 では、お終いに「草原の人」を貼り付けさせていただきます。松浦亜弥さんにあまり似合わない楽曲で、ファンの評判もイマイチ。長良氏の好意も、ありがた迷惑っていう感じなんですが、この曲に関しては、「Yeah!めっちゃライブ」のテイクがベストだと思っています。僕のお気に入りなんですよ。

 「草原の人」はアイドルソングではありません。完全に片足を演歌に突っ込んだ昭和歌謡です。だからと云って、大人になった松浦亜弥さんが歌って似合う曲でもありません。やはりこの歌は、16歳の女の子が歌うに相応しい曲だと思います。演歌系アイドル歌手とか、アイドル系演歌歌手が不在である以上、この曲を託せるのは、「あやや」しかいないと考えた長良氏の判断は正しかったと思います。
 

 大人になってしまった松浦亜弥さんに代わって、「小田さくら」さんに歌って欲しいですw

2015年12月7日月曜日

ブログ更新、遅延のお知らせ

 いつも、本ブログにお付き合いいただき、ありがとうございます。

 自己中心的、自己満足的な記事ばかりにも関わらず、たくさんの方々の訪問や、示唆に富んだコメントをいただき、またそれを励みに、更新を続けてきましたが、健康上の事情により、今まで通りのブログの更新が難しくなりました。

 ただ、松浦亜弥さんや初音ミクへの想いが衰えたわけではありませんので、更新の間隔が空くことはあっても、できるだけ記事を投稿していきたいと考えております。
 また、状況が改善しだい、今まで通りの活動を再開したいとも考えておりますので、投稿の折には、今後とも、ご指導をよろしくお願いいたします。

2015年12月6日日曜日

松浦亜弥 ファーストコンサートツアー「First Date」

 だいぶ前になりますが、近所のブックオフに行ったとき、100円均一だか、300円均一だかのワゴンセールの山の中で松浦亜弥さんの「First Date」のDVDを見つけました。引き取ろうかどうかワゴンの前でしばらく迷っていたんですが、同じDVDを2枚持っててもどうかなってことで、その時は、スルーしてしまいました。次に行ったとき、既にワゴンは撤去されていました。あのDVDはどうなったのか、どこかの誰かに拾われていればいいが、もし処分されてしまったとしたら、やはり引き取るべきだったかと、たかだか数百円を惜しんだ自分を軽蔑したことを覚えています。

 結局、それが今の世間の「あやや」に対する評価なのかと考えると、松浦亜弥ファンの一人として、悲しくもなります。これが、「山口百恵」のファーストリサイタルのビデオテープだとしたら、想像もできないほどの値が付くでしょうから。  

 DVDに付いている帯封によると、このコンサートツアーは、2002年3月30日から6月2日まで、全国で35公演おこなわれ、のべ8万人を動員したとあります。ファイナルの東京国際フォーラムが5,000人規模のホールですから、そこでの2公演分10,000人を引いて、残りを平均すると、1公演当たり2,000人強となり、このツアーが、いわゆる中規模のコンサートホールやライブホールをまわっていたことが分かります。確か、初日は赤坂BLITZ、あと何都市かのZeppでも開催されています。

 大規模化している最近のアイドルやアーティストのライブと比べると、ステージ上の「あやや」もよく見えたでしょうし、音響的にも良好だったと思います。この辺がハロプロというか、ミュージシャンでもある「つんく♂」氏のこだわりだったのでしょう。
 ただ、この時期の「あやや」は、すでにかなりの動員力を持っていたはずですから、ツアーチケットがプラチナ状態であったのは確かで、東京国際フォーラムでは、2階の最後列にもかかわらず、ヤフオクで2・3万円の値がついたという話も伝わっています。また、どこの公演か分かりませんが、追加公演をした結果、1日3公演をこなしたという話もあります。

 ステージは、簡単なセットを組んだだけで、これといった仕掛けもなく、カラオケ伴奏で、「あやや」が独り歌っているだけ。グッズの売り上げも半端なく凄かったでしょうから、利益率もかなりのもの。こんな美味しい商売は、無かったと思います。トップアイドルは、数年間で一生分稼ぐという典型例ですね。

 「神」と呼ばれたファーストアルバム「First Kiss」のリリースを受けて、開催されたツアーですから、楽曲の出来は、申し分有りませんし、「あやや」も15才のファーストコンサートとは思えないステージング。新人ですから、楽曲数が物足りないことを致し方なしとすれば、これほど完成度の高いアイドルライブは、そう幾つも無いはずです。

 さて、セットリストは、オープニングの「桃色片想い」から始まって、「オシャレ!」「待ち合わせ」と続きますね。さあ、何を貼り付けましょうか。


 で、4曲目が「Yeah! めっちゃホリディ」なんですけど、実は、この曲は、5月29日にリリースされる曲でして、ツアー中は、未発売なんですよね。セットリストに入るのは、4月27日のZepp大阪からみたいで、それ以前は、ここに「私のすごい方法」が入ってたようです。これはこれで、良さそうですよね。っていうか、「そう言えば」「S君」と続くこっちの方が、地味ではありますけれど、通好みの構成になっていたかもしれません。


 それから、お姉様方のテイクを経て、後半となるんですが、「ドッキドキ! LOVE メール」が始まったときの会場の歓声の凄まじさと云ったら、この上ありません。DVDをヘッドフォンで聴いていても、ゴーッていう地響きのような感じで聞こえてきますんで、実際に会場にいたヲタクたちは、どんなふうに感じていたんでしょうか、是非とも知りたいところであります。      
 ここから、「絶対解ける問題」「100回のKISS」「トロピカ~ル恋して~る」「LOVE涙色」まで、5曲ノンストップですから、これで盛り上がらないわけがありません。

 で、「ドッキドキ! LOVEメール」を是非とも貼り付けたいところですが、この間までYouTubeに有ったのが消えてしまったんですよね。あのテイクは、「ドッキドキ! LOVE メール」の全テイク中でも最高とも云えるデキの良さだと思います。まあ、DVDで見れば良いとは云え、買ってまで見るほどで無い、ライトなファンの方々に御紹介できないことが残念でなりませんw


アンコールは、「初めて唇を重ねた夜」。で、伝説の長ーい青少年の主張的MCを挟んで「笑顔に涙」でお終いです。


 これで、「また来てね~。」なんて云われたら、絶対、また行く!ってなります。

 このツアーに関しては、フジテレビの密着ドキュメントの特番があって、ツアー全体の様子を断片的でありますが、うかがい知ることができます。アイドルライブですから、衣装替えを間違えたり、マイクを放り投げたりと、いろいろなハプニングがあったようですが、その時のアドリブの返しが見事なんですよね。こう云う、物怖じしないところ、ステージ度胸っていうのは、持って生まれたモノだと思いますんで、やっぱり「あやや」は、「人の前に立って歌うために生まれてきた女の子」だったんだなと確信した次第です。

 何度も言ってしまいますが、アイドルの社会的存在価値っていうのは、世の中を明るくし、皆を励ますことに尽きます。イジメられて自殺まで考えていた奴が「あやや」の明るさに救われた、なんていうエピソードを聞くと、こっちまで泣けてきます。彼女に救われた奴らは、決して少なく無いはずです。 
 その活動は、今となって、プレミアが付くことも無かったし、これからも付きそうな雰囲気は有りませんけど、2002年の「あやや」は、間違いなく、輝いていたと思います。

2015年12月2日水曜日

小坂明子「あなた」feat.鏡音リン

 「あなた」は、小坂明子さんが作詞作曲した楽曲です。ピアノによる弾き語りで、1973年の第6回ヤマハポピュラーソングコンテストでグランプリを獲得。同年にレコードリリースされ、200万枚を超える売り上げを記録しました。オリコンによる調査が始まって以来、初となる、女性作曲家によるミリオンセラーシングルだったそうです。
 そして、現在に至るまで、「後藤真希」さんや「徳永英明」さんなど、数多くのアーティスト、歌手の方々がカバーしています。


  小坂明子さんは、当時16才、大阪音大付属音楽高校ピアノ科在籍の高校生だったそうで、これには驚きました。体型がポッチャリ系でしたので、芸人達が「あの体では、小さなドアでは入れない」なんてネタに使ってたんですが、16才の女の子に対して、その仕打ちはあまりにも酷だったと思いますよ。
 まあ、後にダイエット本を出版して、ベストセラーになったそうですから、人生、何が幸いするかわかりませんけど。
 
 この曲の良さは、何と云っても分かり易さですよね。詩の内容と劇的なアレンジも上手くマッチしていると思います。当時、ギターコードを覚え立てだった僕は、この曲の楽譜を見て、あまりにもありふれたコード進行だったんで、ビックリしたことを覚えてます。僕にもすぐ弾けたくらいでしたからw
  日本語を1音1音メロディーにのせて歌っていて、フォークソング的でありながら、ムード歌謡にも通じていて、昭和歌謡の最高到達点といえるのではないでしょうか。

 で、ボーカロイドカバーです。今回は、鏡音リンのカバーになります。

 鏡音リンは、設定年齢14才の女の子のボーカロイドです。音声データの提供者は声優の下田麻美さん。滑舌の悪さと声質の癖の強さが難点なんですが、逆にこれが良いという人も結構いて、ファンも多いようです。でも、リンが歌って似合う曲って云うのは限られていて、特にバラードを歌わせるなんて考えもしないことでした。
 で、このテイク、歌声は、相変わらずの舌っ足らずで、初音ミク以上の幼さなんですが、あのリンをよくぞここまで調教したなって云う出来なんですよね。やっぱり愛があれば何でも乗り越えられるってことでしょうか。


 ね、頑張っているでしょ。クライマックスの盛り上げ方に関しては、まだまだ修行が必要みたいですけど。
 
 小坂明子さんは、この後は、目立ったヒット曲を出すことができず、また声帯を痛めるなどして、一発屋として終わっていくんですが、ピアニスト、作曲家、音楽監督など、音楽にかかわる仕事は、その後も続けていたようです。

 確か、ダニエル・カール氏だと思いましたけど、彼が来日したときに、飛行機の中でこの曲を聴いて「こんな素敵な歌がある日本という国は、きっと素晴らしい国に違いない」と確信したという話を聞いたことがあります。
 この曲、今年も高橋洋子さんが、アルバムの中でカバーしたそうで、平成の現在も歌い継がれているんだなって、改めて感心した次第です。

2015年11月30日月曜日

初音ミクと円周率

 「初音ミクが円周率10,000桁覚えたようです。」という動画があります。いわゆるネタ動画って云うんでしょうか。初音ミクが発売された直後に数多く投稿されていた類の動画です。
 特に明確な目的も無く、初音ミクを購入した者が、さて何に使おうかと考えたときに、とりあえず、身近にある曲をカバーさせることから始めますよね。初音ミクが歌っただけで喜んでいた段階と云えます。そして、次に、何か面白いことをと考えたのが、これらのネタ動画です。有名なところでは、初音ミクに般若心経を唱えさせたり、駅名で替え歌を歌わせたりしたのがあります。

 で、今回紹介させていただく円周率動画は、ネタ動画の中でも特に有名なやつで、視聴回数もとどまるところを知りません。10,000桁を全部聴くと1時間以上かかるという、とんでもない動画なんですが、だいたい10桁を越えた頃から、合っているかどうかなんてどうでも良くなっちゃいます。YouTubeに投稿されている動画も、視聴回数が100万回を越えているんですが、最後までちゃんと聴いた人は、恐らく100人もいないと思いますし、この入力が合っているかどうかを確かめた人は、恐らく皆無ではないでしょうか。


 コメントに、10,000桁を書き込んでくれた方がいるんですが、全表示するとパソコンの画面から溢れだしてしまいました。試しに、ごく一部を貼り付けさせていただきますね。

3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280348253421170679821480865132823066470938446095505822317253594081284811174502841027019385211055596446229489549303819644288109756659334461284756482337867831652712019091456485669234603486104543266482133936072602491412737245870066063155881748815209209628292540917153643678925903600113305305488204665213841469519415116094330572703657595919530921861173819326117931051185480744623799627495673518857527248912279381830119491298336733624406

 これで、だいたい500桁ぐらいですw

 動画は、10,239桁で終わっているんですが、恐らく、2の10乗×10=10,240 (小数点も含めて)から来ているのではないかと思います。

 この動画は、けっこう音楽的にも良くできていて、聴いてると、だんだん頭から離れなくなります。まあ、こういう遊びの段階を経て、本来のボーカロイドとしての使い方が始まっていったということなんですよね。

 ここからは、初音ミクを離れて、円周率のウンチク話です。

 円周率は、割り切れなくって、方程式の解としても表せないので、近似値でしか書き表せません。有名なのが「7分の22」です。これは、古代から使われていて、22÷7=3.14285・・・ですから、けっこう正確で、ピラミッドの建築などに使用する分には、問題なさそうですw

 以前、ゆとり教育で円周率を「3.14」から「3」にするって問題になりましたけど、あれって、筆算でやるときは、「3」を使う、正確に求めたければ、電卓で「3.14」を使うってことだったみたいで、別に「3.14」を教えないわけでは無かったんですよね。そもそも「3.14」だって「3」だって所詮、近似値ですから、どちらも不正確なことには、変わりありませんし、中学校になって数学が始まれば円周率は「π」ですから、長い人生で円周率を「3.14」として計算するのは、ほんの1年あまり。あんなに騒ぐ必要などなかったようです。まあ、マスコミのネガティブキャンペーンに踊らされたってことですねw
     
 円周率をどこまで計算できるか、という研究というか、競争があるんですけど、此の手の記録を目指しているのは、主にアマチュアの研究者が多いようです。
 有名なのは、長野県の会社員の近藤茂氏で、テレビで紹介されてたんですけど、彼は、1年間かけて10兆桁まで計算した記録を持っています。自作のPCを何台も並列につないで計算していて、一番怖いのは、停電だと云ってました。あと部屋の温度がパソコンからの放熱で、半端なく暑くなっていて、1年中エアコンをかけてました。
 近藤氏の手法は、小数点以下1桁目から順番に桁数を求めていく、いわゆる正統派の計算手法だそうで、他に、計算済みの桁は求めずに、表記も16進法でOKという計算方法ならば、アメリカの大学の研究グループが8,000兆桁という記録を持っているそうです。

 円周率に関するエピソードは、数多くあって、書籍もいろいろと出版されています。
 イギリスのシャンクスという人は、まだ手計算の時代だった1852年に小数第 530 位までの計算に成功します。その後20年かけて、小数第 707 位まで計算したのですが、実は、この計算は小数第 528 位で間違っていて、その先の20年間の労力が無駄になっていたとのことです。で、さらに凄いのは、その間違いに気づいたのが70年間後で、それまで、誰も気づかなかったそうです。もう、確かめようがないんで、信じるしかなかったて云うことですよね。おかげで、シャンクスは、間違いを指摘されることなく、この世を去っていますので、まあ幸せだったと云えます。

 語ればキリがありませんね。ここまで読んでくださった方々に感謝申し上げて、お終いに致します。

2015年11月29日日曜日

槇原敬之「遠く遠く」feat. 初音ミク、それから「北風 ~君にとどきますように~」

 「遠く遠く」は、1992年リリースのアルバム「君は僕の宝物」に収録されている楽曲で、シングルカットされてないのにもかかわらず、槇原氏の代表曲の1つとされるほどに、知名度、人気ともに高い曲です。NTT東日本のCMに使用されたことが大きかったかも知れません。
 松浦亜弥さんファンなら誰でも知っている「LOVE LETTER」のアンサーソング的な雰囲気のある曲ですよね。
 
 「君は僕の宝物」は、僕がちゃんとお金を払って買った槇原氏のアルバムで、今もちゃんと戸棚に並んでいます。「もう恋なんてしない」とか「冬がはじまるよ」なんか良くカラオケでも歌いました。あと「北風 〜君にとどきますように〜」もこの時期の楽曲ですよね。この頃が、槇原氏の充実期、絶頂期と云えるのではないでしょうか。 

 で、今回、紹介させていただくのは、「7900gen」さん作成のカバーになります。7900genさんは、初音ミクを使ったオリジナル曲やカバー曲を投稿されているボカロPさんですが、伴奏のギターは、全てご自分で弾いていらっしゃるそうです。


 カラオケが良い例ですけど、今までは、機械に伴奏させて、人間が歌うのが当たり前って云うか、それしかありませんでした。でも、こんな風に、機械に歌わせて、隣で人間がギターを弾くなんてのも良いですよね。
 歌うのは人間、伴奏は機械っていう固定観念を捨てて、立場を交換するのも素敵だなって思ったんです。「俺が一生懸命伴奏してやってんだから、もうちょとマシに歌ってくれよ」なんて云いながらねw

 相変わらず、初音ミクには魂が無いからどうとかこうとか、っていうコメントがありますけど、歌なんて云うのは、ただの音ですから、それに魂を感じるかどうかは、聴き手の感性の問題なんですよ。もちろん感じないのも感性。僕が言いたいのは、少なくとも送り手の問題では無いということです。


 では、御本家を。「君は僕の宝物」の方じゃなくって、CMで使用された「'06ヴァージョン 」でお届けいたしますね。理由ですか?もちろん、新垣結衣ちゃんが可愛いからです。



 この時、18才くらいでしょうか。リアルタイムでも、就職や進学で一人暮らしを始める年齢ですから、似合ってますね。このCMから10年。新垣結衣ちゃんも、最近は、お母さん役も演じているそうですから、時の経つのは、早いものです。

 僕が一人暮らしを始めた時は、携帯はもちろん、固定電話をひいている奴も皆無でした。電話があるときは、隣に住んでいる大家さんが「○○さ~ん、電話だよ~」って叫んでくれるか、階段にメモを置いてくれるかのどちらかでしたよ。で、近くの公衆電話に行ってました。まあ、電話そのものが、ほとんどかかってきませんでしたけど。「便りの無いのが、良い便り」って、メールやラインで繋がりっぱなしの、今の若者たちに理解できるでしょうかw
 
 最近では、固定電話をひかない家が増えてきていますよね。っていうか、若い家族では、無い方が普通に思います。かく云う我が家も、固定電話はあるんですが、先月の電話代って基本料金のみでした。CMから僅か10年足らずで、世の中ってこんなにも変わっていたんだって、驚いた次第です。

 この話題って、本来は、新生活を始める春のネタでしたね。最後に、冬が始まる今の季節にピッタリの曲を貼り付けさせていただいて、お終いにします。

2015年11月28日土曜日

松浦亜弥コンサートツアー「想いあふれて」のリクエストコーナーに思う

 今回、取り上げる「想いあふれて」は、楽曲の方でなくって、コンサートツアーの「想いあふれて」についてです。このツアーの特徴は、発表とほぼ同時に、この後しばらくツアーは行わないとの告知がされたことですよね。ツアーの規模については、全国6都市で8日間、のべ14公演とありました。全盛期の、のべ55公演などと比べると、かなり寂しい感じなのですが、空席があったとか、札幌公演と東京公演の観客の顔ぶれがほとんど変わらなかった、という話も出ていますので、事態はさらに深刻だったようです。
 
 で、今回注目したいのは、ライブの中で行われた「リクエストコーナー」についてです。

 ライブにおいて観客からリクエストを募るというのは、珍しいことではありません。しかし、多くは小規模なライブハウスでのことで、2000人規模のコンサートホールのライブで、リクエストを募るというのは、やはり珍しいことのようです。まあ、ベテラン演歌歌手のリサイタルなら有るかなという程度だと思います。

 リクエストと云えば、ラジオ番組を思い出しますが、聞くところによると、あれって、予め流す曲が何曲か用意されていて、その曲を当ててくれた時に、その人のリクエストとして流す場合が多いそうです。つまり、○○さんがリクエストしたから曲をかけたのではなくって、○○さんは、ラジオ局が用意していた曲をビンゴしたってことみたいです。まあ、リクエストしたことに変わりはありませんから、不正と云えるかどうかは、微妙ですけどw
 その場でのリクエストというのは、受ける側にとっては、それなりにリスクがあることのようです。

 で、このコーナーで演奏された楽曲なんですが、ネットで、ざっと調べただけなんですが、21曲ほど分かりました。

「ダブルレインボウ」「Blue bird」「灯台」「ダイアリー」「きずな」「元彼」「真珠」「Beautiful Day」「渡良瀬橋」「可能性の道」「風信子」「ね~え?」「Dearest.」「待ち合わせ」「気がつけばあなた」「そう言えば」「LOVE TRAIN」「ハピネス」「チョコレート魂」「THE LAST NIGHT」「女Day by Day」と云ったところです。
 一公演当たり、3曲ですから、40曲以上は、演奏されたはずですが、中には、セットリストに入っていないのが不自然な楽曲も含まれています。

 YouTubeには、DVD収録されたものの他に、会場でファンが録音したと思われるテイクもいくつかアップされています。
 と云うことで、1曲目は、「待ちあわせ」。MCも併せて収録されていますので、どのような感じでリクエストを募ったかが分かります。これでもDVD収録にあたって、結構カットされているようで、実際のMCは、もっと長かったようです。
  Amazonのレビューに、MCがカットされていたことへの不満のコメントがありましたけど、そんな意見を聞いていたら、松浦亜弥のライブは、コンサートなのか、トークショーなのか分からなくなってしまいますw。
 曲は、2分20秒からです。


 このライブ、意外と女性ファンが目立った、とありましたけど、たぶん、オタクが減った分、結果的に女性の比率が高まったと云うことでは無いかと思います。

 続けて「ダブルレインボウ」です。これがリクエストされるってことは、逆に言えば、セットリストに入って無いってことですよね。その一方で、セトリには、「DO YOU LOVE ME」なんてのも入っています。ここに至って、そんな曲を聴きたいファンがいたとも思えないんですけどw


 このリクエストコーナーについては、ミュージシャンの間でも話題になったようで、菊池真義氏のブログによると、何人かの仲間達から本当にガチなのか質問されたとありました。
 
 リクエストを募ると言っても、「それは無理」なんて云って却下する曲もあったり、その一方で、アカペラで歌った曲もあったみたいです。あと、やってみたものの、グダグダになったのもあったらしいです。こんな時、松浦亜弥さんは、ゴメンナサイで、済ませるつもりなんでしょうけど、プロならば、あってはならないことだと思いますよ。

 そもそも、プロというのは、綿密に準備をして、本番に備えるっていうか、当たり前のことを淡々とこなしていくのが格好いいわけで、一か八かの挑戦というのは、プロの仕事と言い難いですよね。フィギュアスケートだって、競技では転倒しても、アイスショーでは転倒しないでしょ。
 菊池真義氏にしたって、失敗しました御免なさいというのは、プロとして許せないことだと思います。それが、面白そうだからやってみよう、というノリになったのだとしたら、それは、ひとえに菊池氏の人柄によるもので、普通のミュージシャンだったら、こんな企画は通らないと思います。

 まあ、菊池氏あっての松浦亜弥ってことで、菊ちゃんがいなければ、後半の松浦亜弥さんは、歌っていたかどうかも分からないほどですから、菊池氏には、松浦さんに代わりまして、感謝申し上げたいと思います。

 では、「dearest.」です。これをセットリストに入れないというのも、理解しかねます。しかも、このテイクかなりの出来だと思いますよ。


 ピアノ伴奏が多いdearest.ですが、このギター伴奏のテイクもなかなかですよね。やはり、菊池氏あっての松浦亜弥だと確信した次第です。

 リクエストを募ることによって、ファンと直にやりとりを楽しみたいという、松浦さんの意図が伝わってきます。やはり、「想いあふれて」が最後のツアーだということで、前々からやってみたかったことに挑戦したのでしょう。
 アイドル時代の、何から何までがっちり決められ、リハーサルを重ねて、同じルーティンをこなしているだけだったステージに対する反発、その想いと云うか、ワガママを受け入れてくれる菊池氏の度量の深さというか、ノリの良さには、感心させられるばかりです。

 このリクエストコーナーが、後の、マニアックライブにつながったと言われています。しかし、それは、コンサートツアーがファンクラブイベント並みに落ちぶれていったことの表れであり、もう普通のコンサートツアーが、維持できなくなっていたことの表れと考えた場合、複雑な気持ちになります。
 
 とは云っても、korouさんのブログで紹介された、「真珠」のテイクなどもありますし、リクエストコーナーの楽曲だけでDVD1枚つくっても、良かったくらいですねw

2015年11月25日水曜日

「女帝の手記」「天上の虹」里中満智子 ~奈良旅行のお供に~

 今回も、松浦亜弥さんも初音ミクも全く関係の無い、僕の自己満足的な記事ですが、これをもって、とりあえずの一区切りとさせていただきますので、安心してください。

 仏像マニアでもある僕は、はっきり言って、奈良については詳しいですw。どのくらい詳しいかというと、今までに何回奈良へ出かけたか、自分でも分からなくなりました。僕は、松浦亜弥さんと出会わなければ、初音ミクと出会うことも無く、今頃は仏像関連のブログを立ち上げていたはずです。
 で、今回取り上げさせていただく少女漫画は、その奈良を舞台にした作品になります

 「天上の虹」は、言わずと知れた、持統天皇の一生を描いた「里中満智子」さんの長編漫画です。先頃ようやく完結したようですが、連載32年、単行本で全23巻、厚めの文庫本で全11巻という大作です。近年は、連載も滞りがちでしたので、完結しないのかもと心配しておりました。

 僕が持っているのは、第一期と呼ばれている、持統天皇が即位するまでの文庫本6巻分です。最も印象的な場面は、阿閇皇女が、自殺を図ったものの死にきれずにいた夫・草壁皇子を手にかけるところでしょうか。
 この続きも何冊かコミックを借りて読んだのですが、皇子と皇女が次から次へと出てきて、恋愛物語を繰り広げるものですから、読んでいて疲れてしまいましたw。残り5巻分も関心はあるんですけど、未だ購入はしていません。

 で、実は、僕がここで取り上げたいのは、孝謙・称徳天皇の生涯を描いた「女帝の手記」の方なんです。こちらは、文庫本で全4巻と程よい長さです。ところが、Amazonのコメントでは「天上の虹」が絶賛されているのに対して、こっちは、何故かボロクソなんですよ。
 でも、阿倍内親王(孝謙・称徳天皇)と安宿媛(光明皇后)、そして聖武天皇って、阿修羅像に代表されるような、素晴らしい天平仏をつくらせた人たちだし、何よりも、両親と一人娘の核家族なんで、どことなく親しみが沸くんですよw。


 物語は、聖武天皇の皇子・基親王が誕生した727年から始まって、称徳天皇が崩御した770年までの、奈良時代の後半部分、40年あまりのできごとが描かれています。この40年間は、「長屋王の変」「藤原広嗣の乱」「橘奈良麻呂の変」「恵美押勝の乱」「道鏡事件」などが次々に起きた波乱に満ちた時代なんですが、それが全4巻のなかでテンポ良く展開していきます。
 「女帝の手記」という題名の通り、作品の前半部分、特に阿倍内親王が子ども時代の記述については、大人になった阿倍が回想しているという手法で話が進んでいきます。これが、四角い枠の中で解説のように書かれていて、登場人物の台詞より多いかなって位の量ですから、ちょっと学習漫画っぽくなっています。僕としては、話の展開もさくさく進んで、好きなんですが、「天上の虹」ファンからは、こういったところが不評なのかも知れません。

 聖武天皇と光明皇后の記述は、奇をてらうことの無い正統派な、それでいて程よくデフォルメされた感じです。彼らの自筆と云われている書が伝わっていて、平城京資料館で写真を見ることができます。書は人を表すという考えからすると、ナルホドと思ってしまいます。
 
  聖武天皇の字です。几帳面で繊細といわれています。


 光明皇后の筆跡です。「藤三娘」とは、藤原家の三女という意味だそうです。お世辞にも上手いとは云えませんが、迫力がありますね。この2つを見ただけで、この夫婦の力関係が分かる気がしますw。でも、正倉院の宝物が伝えているように、夫婦仲は決して悪くなかったようです。

 さて、僕が、この作品の中で一番好きな登場人物は、何と云っても「吉備真備」です。遣唐使として2度も唐へわたり、下級貴族の出身ながら、聖武、称徳両天皇のブレーンとして右大臣にまで上りつめた人物です。古代、中世において、学者から立身出世して大臣にまでなったのは、吉備真備と菅原道真のみと云われています。
 物語の第4巻、恵美押勝の乱では、上皇軍を指揮して、素早く的確な戦略により仲麻呂軍を圧倒。それまで読者に溜まっていた鬱憤を一気に晴らしてくれます。軍事参謀としての真備の活躍は、彼が学識を実務に生かすことができる優れた人物であり、称徳天皇が崩御し、光仁天皇が即位した時も右大臣の職を慰留されていることは、彼が誠実で野心の無い優れたブレーンであったこと示していると思います。

 正統派な記述が多いこの作品なんですが、「道鏡」の描き方については、独特の立場をとっています。ただ、道鏡に関しては、近年、再評価が盛んで、ひところの「天皇をたぶらかし、自ら天皇になろうとしたエロ坊主」というイメージは、薄れつつあります。この作品では、称徳天皇と男女の関係はあったとしていますが、彼には野心が無く、重用したのは天皇の一方的な意思であるように描かれています。
 宇佐八幡宮の神託事件は、反道鏡派の罠という立場をとっています。この事件は、道鏡の陰謀なのか、反対派の罠なのか、何故、わざわざ和気清麻呂に確かめさせたのかなど、謎が多く、さまざまな推測が可能なのですが、この作品のように、罠を逆に利用しようとしたという説は説得力があります。
 和気清麻呂の発言については、神を利用しようとした全ての思惑を否定する、という彼の信念から出たものという立場のようです。従来、藤原氏との結託説が言われてきましたが、そんな人物を天皇が選任したというのもおかしなことです。一説には、吉備真備の意向というのもあって、だとすれば、真備は、国の混乱を避けるために、最後の最後に称徳天皇の意に反した行動を取ったことになります。
 ただ、称徳天皇も、その後は、あっさりと彼を天皇にすることを諦めていますので、単に、ご機嫌取りの神託に振り回されただけで、最初から陰謀など存在しなかったのかもしれません。第一、彼が皇位を簒奪しようとした大悪人であれば、下野の薬師寺別当職への左遷程度では済まなかったはずです。

 今まで孝謙・称徳天皇については、仲麻呂や道鏡に利用され、奈良時代を終焉させてしまった、暗愚な女帝、という扱いだったと思います。仲麻呂が皇帝になろうとしたことを追認したり、道鏡を天皇にしようとするなど、およそ常識では考えられません。しかし、その常識とは、何なのでしょうか。私たち日本人は、平成の世に至るまで、天皇は、万世一系、天皇家の血筋のものだけが継ぐということを、何の疑いも無く受け入れてきました。しかし、彼女は、天皇は実力のあるものならば血筋に関係なくなれる、という発想を持っていたことになります。そんな大それたことを実現しようとした彼女は、単なる飾り物の天皇で無かったことだけは確かです。
 
 この物語の主人公、称徳天皇が建立した「西大寺」は、奈良の寺院の中でも、僕の大好きな場所です。現在の西大寺は、鎌倉時代に叡尊によって再興された真言律宗の寺院なんですが、それでも、東塔跡の礎石や四王堂の邪鬼など、称徳天皇につながる史跡もあって、灯籠で荘厳された本堂にある仏像群など、素敵で落ち着いた雰囲気の寺院です。少し歩いたところには、称徳天皇の陵とされている古墳もあるんですよ。


 僕が、7年前に西大寺を訪れたときに書いたものがありました。

【 西大寺(まぼろしの大寺) 】


 道鏡と称徳女帝の縁の寺でもある。
 四王堂の増長天は、幾たびか作り替えられたが、踏んでいる邪鬼だけは天平時代のままなので、ここでは、邪鬼が主役である。灯明が美しい本堂には、灰谷健次郎の小説に出てくる善財童子がある。彼は、童子の目を「兎の眼」と表現したが、そう思って見ていると善財童子が兎に見えてきた。
 奈良時代は、国家が寺院を建立した時代だ。平城遷都1300年、その恩恵により、奈良には世界中から観光客が集まる。しかし、度重なる寺院の建立は、環境を破壊し、国家の財政を破綻させ、農民は疲弊し、律令制は崩壊、そしてわずか七十四年で奈良の都は捨てられてしまう。
 東塔の基壇跡に夕日が当たっていた。秘仏、愛染明王坐像は、今日が開扉最終日。薄暗くなった愛染堂の奥、厨子に納められた明王は、写真で見たような鮮やかな赤ではなく、限りなく黒に近かった。

 ちょっと、格好つけすぎでしたねw

2015年11月24日火曜日

モーニング娘「鞘師里保」さんの卒業に思う 

 モーニング娘の鞘師里保さんが、年末のカウントダウンライブをもって卒業するそうです。鞘師さんは、僕の3人しか知らないモーニング娘のメンバーの一人でしたので、卒業してしまったら、僕の知っているメンバーは、「小田さくら」さんと「ズッキ」だけになってしまいます。
 
 彼女の突然の卒業発表については、多くのファンが悲鳴にも似た記事をアップしておりますので、外野の僕が口を挟む必要など無いのですが、まあ、外野は外野なりに考えてみました。
 で、ざーっとですが、ネットに散乱しているコメントを読んでみました。そしたら、面白いことに気がついたんですけど、鞘師さんに近い人ほど、彼女の卒業について肯定的なんですよね。

 「鞘師里保」さんは、6才(?)でアクターズスクール広島に入学し、12才でモーニング娘第9期メンバーとしてデビュー。現在17才ですが、すでにデビュー5年目のアイドルです。デビュー時から、破格の特別扱いで、センター、そしてエースとして活動してきたそうです。

 17才と云えば、普通は、芸能界にデビューする年齢です。「松田聖子」さんだって、「きゃりーぱみゅぱみゅ」だって、メジャーデビューしたのは、高校卒業後なんですよ。今の鞘師さんより年上だったんですから。
 それが突然の卒業発表。しかもわずか2ヶ月前ということで、卒業ビジネスもほとんど行われないようですから、何かあったのでは、という憶測が飛び交っています。が、やはり何かあったのだと思います。激太りとか書かれていましたけど、女の子は、このくらいの年齢では、肉付きが良くなるものです。「あやや」だって、ポッチャリしていましたし、「辻ちゃん」は、もっとポッチャリでした。ただ、彼女が内向的で、精神的にそれほどタフな子では無かったということは、大いに関係がありそうです。 

 よく云われているのが、センターを務めていたことによるプレッシャーです。しかし、最近は、センターを外れることもあったようですから、どちらかというと、そっちの、つまり、センターを外されたことによって、自分自身に価値を見いだせなくなってしまったのが原因ではないのかとも云われています。簡単に言うと燃え尽きたということです。正確に言うと燃え尽きたような気になってしまったということです。
 そもそも、12才の女の子を、いきなりエースとか云って、デビューさせるのもどうかと思いますが、まあ、それは1つのビジネス戦略ですから良しとしましょう。問題は、ならば周りの大人がしっかりと彼女を守ってあげていたのか、過度な競争を煽っていなかったのかと云うところにあると思います。
 
 若年アイドルというのは、俳優で云えば子役みたいなもので、名子役必ずしも名優にならず、と言われるように、アイドルから大人のタレントへの移行ほど難しいことはありません。
 ならば、最初からデビューする年齢を引き上げていくのも1つの方法だと思います。せめて義務教育が終了するまでは、デビューさせるべきでは無いと思いますよ。学校なんて行ったって何の役にも立たないでしょうけど、でもやっぱり学校は行くものだと思います。

 よく、「伸びしろ」ということが云われます。松浦亜弥さんは、デビュー後も、どんどん歌が上手くなっていきましたけど、それは、彼女が14才でデビューする前までは、普通の女の子だったからです。彼女が幼いときからアクターズスクールとかで、英才教育を受けていたら、デビュー後に、どれだけの伸びしろが期待できたでしょうか。

 物心がつくか付かない頃から、アクターズスクールで英才教育、12才でアイドルデビュー、ひたすら競争させて、17才で燃え尽きて引退。ハロプロが始まったときの理念は、何だったのでしょうか。少なくとも、大人になったらそれでお終い、では無かったはずです。

 彼女のコメントによると、「卒業後は、アメリカに留学して、英語とダンスを学んできたい」そうです。「一人の人間として強く生きていくために経験しなければいけないことがある」とも述べていました。モーニング娘として走り続けていたために、これらができなかったと考えているとすれば、悲しいことです。モーニング娘はそれらを学べる場、人間として成長できる場では無いことを彼女は証言しているからです。
 ならば、一人の人間として強く生きていくための経験を積んでからデビューすべきです。アメリカで英語とダンスを学んでからデビューしても良かったんですよ。

 まあ、長い人生ですから、時には逆に進むのも悪く無いかもしれません。何より、彼女がこのことを自ら考え決断したということを評価したいと思います。並みの17才ではここまで考えることなどできないでしょうから。
 彼女に近い人物ほど、彼女の卒業に肯定的であった理由が、分かるような気がします。

 本当に留学するのかどうかは別として、帰ってきた彼女に芸能界での居場所があるとも思えません。まあ、そんなことは、百も承知の上のことでしょう。今は、人生を振り返った時に、モーニング娘で良かった、と思ってくれることを願うばかりです。 

 年寄りの小言だと思って、ご勘弁を。

2015年11月23日月曜日

「初音ミクJapanライブツアー2016」 運命の抽選が迫ってきました。

 初音ミクの2016年Japanツアーの先行予約が始まっています。何でわざわざJapanツアーって言うのかって云うと、この後に、北米ツアーがあるからだそうです。初音ミクも、日本で若干ブームが収まった分、海外に活路を求めている感がありますね。まあ、ニコニコ動画の投稿は減ってきているようですし、YouTubeにおいては、動画をアップするのも、コメントを書き込むのも、外国の方ばかりですから、当然の流れだとは思います。

 で、いよいよ運命の抽選会なんですが、「チケットぴあ」だと、当選しても振り込まなければ、(本当はいけないことでしょうけど)キャンセルになって、2次抽選に回される感じなんですが、e+って、当選した場合は、キャンセル不可だって云うんです。なので、6公演分とか申し込んじゃって、全部当選したら、どうしようって考え込んじゃいました。
 僕もいい歳なんで、あんな、スタンディングのライブに何回も参戦していたら、腰を悪くしそうですし、何よりも、お金が心配です。かといって、申し込み数を絞って、オール落選じゃあ目もあてられないですよね。

 そりゃあ、キャンセルがイケないことなのは分かりますけど、武道館の時だって、会場の近くで、ちょっと怖い感じのおじさんたちが、「お兄さ~ん、あまったチケット買うよ~。」なんて声をかけてきましたし、こういうやりかたって、結局、チケットの横流しを助長しているように思えるんですけど。
 なんて、考えたところで、宝くじ当たったらどうしよう、みたいな話ですから、いらぬ心配ですね。

 というわけで、今回のライブのテーマソング『Blue Star』feat. 初音ミク by 八王子P、貼り付けさせていただきますね。既に視聴回数が約6万回、高評価数3000です。視聴している人たちが全員抽選に参加したら、超高倍率になりますねw。


   しかし、何で、せっかく造ったコンピュータの声に、さらにエフェクターをかけちゃうんでしょうか。ヤマハのエンジニアが泣いてますよw

2015年11月22日日曜日

「風の墓標」湯口聖子  ~鎌倉北条氏へのレクイエム~

 「カマクラー」と呼ばれている方々をご存じでしょうか、歴史ファンの中でも、鎌倉北条氏をこよなく愛し、「巡礼」と称して鎌倉を訪れ、滅び去っていった北条一門に思いを馳せている歴女たちのことです。彼女たちは、小町通りのようなカップルだらけの観光スポットには出没せず、北条時房邸跡とか、北条高時腹切りやぐらなど、行楽期でもほとんど人影の無いような場所に佇んでいます。もし、鶴岡八幡宮でお参りもせずに、入り口の赤い橋で思いを馳せている女性がいましたら、間違いなく「カマクラー」です。きっと赤橋四郎範時のことでも考えているのでしょう。

 彼女たちのバイブルが「風の墓標」であり、彼女たちを導いたのが「湯口聖子」さんです。湯口さんは、漫画家としては、それほど有名でも無く、画風も何処にでもある少女漫画なんですが、鎌倉時代に特化した歴史漫画を発表している方です。漫画家が鎌倉時代を取り上げたというよりは、鎌倉ファンが漫画を描いていると言った方が正確だと思います。

 彼女の作品は、夢語りシリーズと呼ばれ、その全てが、鎌倉関連の作品です。「風の墓標」は、唯一の長編漫画で、シリーズの中核になるものです。僕が持っているのは、「風の墓標・全5巻」のみなんですが、このコミックは、現在絶版になっているようで、Amazonで5巻セットで25000円の値段が付いていました。一冊390円のコミックが5000円ですよ。本当に売れるのなら、売りたいですw


 物語の舞台は、後醍醐天皇の倒幕運動が始まる正中の変から、鎌倉幕府の滅亡までの約10年間です。主人公は、最後の執権となった北条(赤橋)守時の弟、「赤橋四郎範時」で、彼は架空の人物のようですが、他に、「足利直義」と最後の六波羅探題「北条仲時」という歴史好きには、なんともたまらないマニアックなキャラクターが主要人物として登場します。

 うやむやな感じで、なんとなく滅亡していった室町幕府や、滅亡と云いながら、その悲劇を会津藩などに押しつけた江戸幕府と違って、鎌倉幕府の滅亡は、正に滅亡という言葉通りの凄まじさでした。特に、北条一門の悲劇は、北条目線から全く語られることが無かっただけに、この作品のもつ意味は大きいと思います。

 物語は、典型的な少女漫画の、お目々キラキラな登場人物が、これまた典型的な少女漫画っぽい、若者の恋愛ストーリーを織り交ぜて進んでいきます。ただ、普通の少女漫画と決定的に違うところは、彼らと彼女たちが、いずれ北条氏滅亡とともに死んでしまうことが、読者に分かっていることです。戦の場面なんて、本当に稚拙で、ぎこちない描き方なんですが、このギャップが、この作品が持つ魅力なのかもしれません。まさか、計算してやっているわけでは無いと思いますけど。

 以前、僕は人生において、聖地巡りをしたことが無いと宣言しましたが、そう云えば、滋賀県湖北の観音巡りの帰りに、米原の蓮華寺に立ち寄ったことがありました。蓮華寺には、足利高氏に裏切られ、京から鎌倉へ落ち延びていく途中で進退窮まり、この地で自害した、六波羅探題「北条仲時」以下、主従432名の五輪塔や過去帳があります。これが証拠の写真です。僕が撮ったんですよ。


 蓮華寺に伝わる過去帳には、まだ十代半ばの若武者の名前もありました。僕が見たのはレプリカなんですけど、それでも涙を誘います。この場面は、第4巻に収録されているんですが、何度読み返しても、泣けてきます。いい歳をしたおじさんが、少女漫画を読んでいて泣いているところなど、絶対人に見られては、いけないことなんですが・・・w

 もう1つは、何と云っても、北条高時自害の場面ですね。遊興に耽り、政務を顧みず、北条氏を滅亡に追いやった張本人なのですが、それでも、最後の場面には、心打たれるものがあります。内管領「長崎円喜」をモデルにしたと思われる人物の「人には、決して譲れぬ一線というものがあります。」という台詞は、何度読み返しても泣けてきます。
 北条高時も長崎親子も、今まで典型的な悪役として描かれ続けてきましたし、この作品でも悪役であることに変わりは無いのですが、彼らでさえ、どことなく憎めないという感情を読者に持たせてくれるのが、作者の北条氏への想いであり、この作品が多くの歴女から指示される理由の1つだと思います。

 「太平記」によると、北条高時と共に自害した者は、北条一族283人、家臣870人とあります。この表記に関しては、その数があまりにも多いために誇張があるなどと言われてきましたが、仲時とともに自害した432名が事実ならば、1000人を超えるこの数字だって、信憑性がないとも言えません。いずれにしても、多くの一族、家臣達が、彼を最後まで見捨てなかったことは事実です。まあ、その団結力が諸国の武将達から嫌われた遠因なのかもしれませんが。

 鎌倉なんて、いつも混んでるし、若いカップルばかりだし、寺院は仏像拝観者に冷たいし、物価は高いし、お土産も鳩サブレぐらいってことで、もう行き尽くした感があるんですが、この作品を読み返してみたら、また行ってみたくなりました。

 いなり寿司でも買って、巨福呂坂を訪ねてみましょうか。何も無いことは分かっていますけど、最後の執権「北条守時」に想いを馳せるために。

2015年11月21日土曜日

「気がつけばあなた」 松浦亜弥と小田さくら 

 「気がつけばあなた」は、世間が認識している最後の松浦曲だと思います。でも、CMのおかげで楽曲は知っていても、この曲が松浦亜弥さんの持ち歌だということを忘れられている可能性もあります。

 ということで、松浦亜弥さんが確かに歌っていたという、証拠のVTRをお届けいたします。「ミュージックステーションスーパーライブ2005」とありますから、 幕張メッセでのテイクかと思います。貼り付け禁止のようですのでリンクになります。



 松浦亜弥さん19才のお姿です。テレビのライブ収録というのは、普通のライブより明るい中で行われるんで、独特の雰囲気がありますね。こういう会場って、かなり歌い難いらしくって、口パクも多いし、生歌だともっとガッカリというテイクが多いのですが、さすが我らが松浦亜弥さんです。

 何度も同じことを云ってしまいますが、この年齢に、この楽曲、このお姿、ぴったりだと思います。せめて、この路線を2・3曲続けていけば、全く違う展開になっていたのでは無いでしょうか。何故、次曲が「砂を噛むように」なのか、つんく♂氏と離れたといっても、別の選択肢もあったはずです。いろいろと叩かれていた時期ですから、著名な曲のカバーをするのは、かえってマイナスイメージになったかもしれませんが、それでも「砂を・・」は、この次に無いかと思います。
 まあ、上手くいかないときは、何をやってもダメなことが多いので、あれこれ云っても、結果は同じ、仕方ないかのも知れません。

 その後も、2009年のライブのリクエストコーナーで歌った程度なので、此の手の曲は、お好きでは無かったようです。しかし、プロの歌手なんですから、顧客の需要に応じて歌うのが、あるべき姿だと思うんですけどね。

 松浦亜弥さん応援ブログで愚痴をこぼしてばかりというのも、ファンとしての道義に反しますので、このくらいに致しましょうかw

 2つめは、「小田さくら」ちゃんのテイクです。デビューまもない頃のテイクですから、今は、もっとお姉ちゃんっぽくなっていて、きっと、お歌も上手になっていることでしょう。


 他の方はどう感じているかは、分かりませんが、松浦亜弥さんのテイクを視聴した後でも、視聴に堪えられるのは、僕的には、「小田さくら」ちゃんです。確かに、まだまだ未熟なところもあるのでしょうが、声が不安定になるところとかがあっても、不快に聞こえないっていうか、もっと聴きたいなって思わせるものがあるんですよね。
 彼女より可愛いアイドルは、たくさんいるでしょうし、歌の上手い女の子もたくさんいるでしょうけど、何とも良いんですよね。
 
 一日も早い、アイドル系演歌歌手としてのソロデビューをお願いしたものです。演歌系アイドル歌手って言った方が抵抗感がないですかね。何ならば、モーニング娘に在籍したままでも構いませんから。


 乗り換えようかなwww          あの。。。もちろん初音ミクから、っていうことで。

2015年11月19日木曜日

「日出処の天子」山岸凉子 ~漫画史に燦然と輝くボーイズ・ラブ~

 申し訳ありませんが、今回も、松浦亜弥さんも初音ミクも全く関係の無い、僕の自己満足的な記事ですので、適当にスルーしていただくことを推奨致しますw

 少女漫画の作品紹介をすると宣言したからには、この作品を取り上げないわけには、いきません。ただ、この作品の書評は、あまりにも数多く存在しておりますんで、僕が、今さら何を云っても、そんなのは、とっくの大昔に誰かが云っていることだと思います。

 「日出処の天子」は、1980年から1984年にかけて連載された、厩戸皇子(聖徳太子)を扱ったコミックです。ホントか嘘か、それまで「聖徳太子」と一般的によばれていた「厩戸王」を「厩戸皇子」と呼ぶように変わっていったのは、本作品の影響があるとされています。現在では、歴史の教科書でも、厩戸王(聖徳太子)となっていて、呼び方は完全に逆転しているようです。

 僕が、この作品に出会ったのは、連載も終わりに近づいた頃で、最後の2、3巻ぐらいをリアルタイムで求めた記憶があります。最後の11巻は、ビックリするくらい薄くって、結末に行き詰まった作者が、途中で放棄した感が伝わってきました。何か特別な事情があったような気がしましたけど・・・、忘れてしまいました。
 で、コミックは、実家に置いてあったんですけど、家を建て替えるときに処分してしまって、今、手元にあるのは、改めて買い直した文庫版になります。


 あらすじは、ウイキペディアの記述が大変よくまとまっているので、そちらを参照いていただければと思います。作品の解釈や書評も、ネットで検索すると嫌と云うほど引っかかってきます。ですから、僕が今更書くことなど無いのですが、それでも語りたくなるのが、この作品なんですよね。

 この作品の特徴は、物語が「蘇我毛人」の視点で描かれているところにあります。前半部分では、読者は毛人と共に、厩戸皇子が持つ神秘性の正体を推察していきます。作品中に書かれている文字の大部分は心の声です。ほとんど、心理描写だけで、物語は進んでいくのです。
 歴史物というと、史実の解説に多くを費やしますが、この作品にとって、史実は単なる舞台の提供者に過ぎません。

 美貌の少年であり超能力者、同性愛者として描かれている厩戸皇子像について違和感を唱える人は、かなり多かったと思います。毎日新聞の捏造記事事件も、奈良支局の若い記者が「法隆寺は、こんな聖徳太子像に対しては、必ず抗議するだろう」という思い込みでストーリーを構築してしまったために起きた事件でした。

 漫画家の池田理代子さんは、この厩戸皇子像を批判して、「聖徳太子」を題材にした作品を1991年から1994年まで連載します。池田さんは、2007年の朝日新聞のインタビュー記事で、山岸さんの描く厩戸を違和感が多いとし、正す意味でこの作品を描いたと発言しました。僕も当時、この記事の切り抜きを見ましたが、かなりのインパクトがありまして、山岸ファンからの猛烈な反撃を受けることになります。

 まあ、その記事の影響で、僕も、池田理代子さんの「聖徳太子 文庫版全5巻」を持ってますんで、炎上セールスにまんまとのせられたってことなんですけどねw

 では、できるだけ中立の立場で、判定をさせていただきますと・・・。

 池田さんの作品が単独で存在していれば、十分にこれもアリなのですが、山岸さんの作品の対として捉えた場合、あまりにも影響を受けすぎている感があります。
 歴史物を描く場合、史実や定説に沿っただけでは、ただの学習漫画に過ぎませんから、当然、作者の解釈を加えるわけなんですけど、肝心なそこの部分で、自らが正すと宣言した相手に影響されて、引きずられてしまっているんですよね。山岸ファンからのパクり疑惑攻撃も一理あるっていう感じです。
 この騒ぎで、池田さんの作品も売れたかもしれませんが、彼女の勇み足とも云える発言のために、失ったものもあるように思います。

 さて、物語が進むにつれて、厩戸の人物像が明らかになっていきます。物語の最初では、読者にまで畏怖の念を抱かせた厩戸ですが、彼もまた、自らの能力に翻弄され苦悩する孤独な青年に過ぎなかったことが分かってきます。話が進むにつれて、厩戸の神秘性は薄れ、そして、秘めた想いの全てを声に出してしまった時の何とも云えない虚脱感で、この物語は終わっていきます。毛人に全てを拒否された厩戸にとっては、摂政となり国を動かすことでさえ、ただの気休めに過ぎませんでした。

 物語の幕引きというのは、難しいものです。山岸さんも終盤になって連載を一回パスしていますので、かなり結末に悩んでいたと予想されます。
 文庫本には、日出処の天子の続編としての「馬屋古女王」が併せて収録されています。薄っぺらい11巻で満たされなかった結末をフォローする意味でも、この続編の存在は重要です。多くのファンが語っているように、日出処の天子は、ここまで読んで完結なのだと思います。

2015年11月18日水曜日

DECO*27 「モザイクロール」他 ~最も成功した第2世代ボカロP ~

 DECO*27(デコ・ニーナ)氏は、1986年生まれの28才。ニコニコ動画に投稿した曲が、ことごとくミリオンを達成したという、最も有名なボカロPの一人です。

 ボカロPでは、2007年の初音ミクの発売と同時に楽曲を発表していた、「Livetune」「Super cell」「OSTER Project」らを第1世代とするのに対して、彼らの活動に刺激を受けてボーカロイドに取り組み、2008年頃から楽曲を発表した世代を第2世代とよんでいます。DECO*27氏は、最も成功した第2世代のボカロPといえます。

 一般的に作曲者が人間のアイドルやアーティストに楽曲を提供した場合、楽曲は、あくまでも歌っているタレントのもので、提供者は、裏方に過ぎません。
 一方、初音ミクのファンが楽曲を聴くときには、初音ミクの楽曲と云うよりは、○○Pの作品というように、誰が作ったのかを重要視します。つまり、ボカロPは、自らは歌っていないのにもかかわらず、シンガーソングライターに近い存在だといえます。

  彼の影響力を物語るエピソードがあります。2009年、インターネット社からボーカロイド「Megpoid(メグッポイド)」が発売されましたが、当初は、ほとんど売れなかったそうです。ところがDECO*27氏が2010年にMegpoidを用いてボカロ曲「モザイクロール」を発表したところ、これがヒット、Megpoid自体の売り上げが急激に伸びたといわれています。

 では、1曲目、貼り付けさせていただきます。2010年のZepp東京でのライブテイクから、「愛言葉」です。
 ステージ向かって左で、飛び跳ねながらギターを弾いているのがDECO*27氏です。氏の楽曲の特徴は、独特の言い回しによる、青春あるある的な、草食男子の恋愛物語的歌詞にあります。って聴いてもらった方が速いですねw


 氏の楽曲は、ほとんど全て一人称が「僕」です。つまり歌詞に登場するのは、DECO*27氏自身と考えて良いと思います。こういう煮え切らない男の恋愛を「もだもだ」な恋って言うそうで、そんな日本語があるなんて、この歳になるまで知りませんでした。では、もう1曲。もだもだソング「おじゃま虫」です。


 DECO*27氏の活動の中で、話題になったのが、「柴咲コウ」さんとのコラボ活動です。氏は、柴咲コウの20枚目のシングル「無形スピリット」の作曲を手がけ、彼女と共に多数のTV番組にも出演しました。また、柴咲コウの全国ツアーにはDECO*27がバンドメンバーとして同伴したそうです。

 氏は、2013年頃になると、ボーカロイド関連の活動をあまり行わなくなります。「DECO*27としてもうやりたいことを全部やりきった」との思いから活動の停止を考えていたといいます。そりゃあ、CGの初音ミクなんかより、本物の柴咲コウの方が絶対魅力的ですから、無理もないことかと・・・w。
 しかし、横浜で開かれた初音ミクのライブ「マジカルミライ2013」で、会場の自身の曲での盛り上りを見たことで、再びボカロ関連の活動を考えるようになった、とありました。

 というわけで、氏が思い直したテイク、マジカルミライ2013から「ゆめゆめ」貼り付けさせていただきます。


 もだもだソングばかりでは、何ですから、氏の代表曲の1つMegpoidによる「モザイクロール」でお終いにします。こういう歌詞の世界を、当時のボカロ好きの若者は、格好いいと言っていたんでしょうね。


 この楽曲が発表されてから既に5年、ボカロを取り巻く環境も随分変わりました。ボカロブームは、遠い過去のこととなりつつあります。DECO*27氏の音楽家としての活動もこれからが正念場になると思います。彼でさえ、ボカロPとして音楽家を一生の職業にするのは困難なことになると思います。
 ボカロに関わり続けるのか、或いは捨て去るのか、どちらにせよ、氏の活躍を願うことに変わりはありません。

 人生なんて、もだもだな決断の繰り返しなんですから。・・・この使い方、たぶん間違ってますよねw

2015年11月16日月曜日

「エロイカより愛を込めて」青池保子 ~少女漫画の概念を打ち砕く傑作~

 度々、申し訳ありませんが、今回は、松浦亜弥さんも初音ミクも全く関係の無い、僕の自己満足的な記事ですので、適当にスルーしていただくことを推奨致します。

 「エロイカより愛を込めて」は来年で連載40周年という、信じられない少女コミックです。といっても、途中10年間くらい休載していた時期があったので、実質的には、30年ほどでしょうか。まあ、それにしても凄いことだと思います。かなりの有名作品ですので、ご存じの方も多いのでは無いでしょうか。
 で、僕が喜んで読んでいたのは、休載前までの約10年間分でして、再開後の話は知りません。従って、ここでの話題は、第1部とよばれている、全作品の前半部分になります。

 僕とエロイカとの出会いは、本当に偶然でした。学生だった頃、友人から「これ拾ったんだけど、お前にやるよ。」って、一冊の少女漫画を渡されたんです。まあ、処分に困って押しつけられたってことなんですけど。見たら「ベルばら」みたいな表紙絵の、もろに少女漫画じゃないですか。迷惑だなって感じで、とりあえず下宿に持って帰って、何の気なしにパラパラと読んだんですけど、その面白さに一気に虜になってしまいました。偶然渡された「エロイカ」のコミック第4巻、それが僕とこの作品との出会いでした。
 それから、本屋に行って、その前の、1巻から3巻までと、既に出版されていた分を買い求め、さらに新刊が出る度に買って、第一部の最終話「皇帝円舞曲」まで揃えていました。


 話の内容は、一言で云えば、怪盗&スパイ物です。美術品専門の怪盗で男色家のイギリス人「怪盗エロイカ」こと「ドリアン・レッド・グローリア伯爵」、ドイツ人でNATO軍の情報部将校「鉄のクラウス」こと「エーベルバッハ少佐」そして、会計士「ジェームズ君」やKGBの幹部「仔熊のミーシャ」などの強烈な個性を持った登場人物が出てきて、ハチャメチャなパロディーストーリーと、妙なところでの現実感が何とも云えない面白さを醸し出しています。第7話「ハレルヤ・エクスプレス」での狙撃のシーンでは、笑いすぎて、息ができなくって、死ぬかと思いました。

 男女を問わず愛読者が多いというのが、この作品の特徴なんですが、女性ファンが登場人物の、特にエーベルバッハ少佐などの、キャラクターに興味を持っているのに対して、男性ファンは、緻密に書き込まれたメカや綿密な舞台背景などに関心を持っているようです。

 ウイキペディアによると、本作品のヒットで、1970年代後半から1980年代にかけて、大学でドイツ語を履修する学生が急増したとか、ドイツのエーベルバッハ市への日本人観光客が急増したとのエピソードが書かれていました。これらは、主に女性ファンのことだと思いますが、この作品が当時の若者に与えた影響力の凄さが分かると思います。

 その後、現実世界において東西冷戦が終結して、コミックの舞台設定が崩れたのを機に、休載になったんです。まあ、ここまででも、かなりの分量で、最後の方は、若干マンネリ気味でもありましたんで、丁度良い潮時だったのかも知れません。

 ところが、この作品、超有名なヒット作にもかかわらず、アニメ化、ドラマ化、映画化などが行われた形跡が無いんですよね。まあ、逆に言うと、映像化不可能なくらい、滅茶苦茶で面白いコミックだということなんでしょう。
 ファンによると、冷戦構造が崩れた第2部の方が、ストーリーに制約がなくなって、さらに面白くなったという話ですので、中古本でも求めてみようかなって思います。

 「エロイカより愛を込めて」は、僕がハマった最初の少女漫画であり、というか、少女漫画の概念を打ち砕いてくれた最初の作品でした。

 と云うわけで、これからも、いきなり少女漫画の作品紹介をするかも知れません。その際は、適当にスルー願いますね。

2015年11月15日日曜日

「中央改札」 松浦亜弥

 地下鉄のエスカレーターを上がったところの中央改札って聞いたとき、僕は、大手町駅から地下道を抜けて、エスカレーターを上がったところにある、東京駅の中央口を思い浮かべました。でも、よくよく考えたら有り得ないですよね。だって、あんな人だらけのところで、待ち合わせなんてできるわけがないし、2番で歌っているような、坂道があって海が見えるわけもないですから。
 普通、地下鉄の改札口って、エスカレーター下ったところにあると思うんですけど、中央改札って云うくらいですから、きっと何路線も乗り入れている大きな駅なんでしょうね。海が見える場所で、地下鉄が乗り入れてるところだそうです。どこがモデルなんでしょうか。

 では、たまにはCD音源からいきましょうか。


 静止画は地下鉄構内の写真ですが、わざわざこのために撮ってきたんですよね。頭が下がります。「ひよし」って駅名が出てましたから、横浜市営地下鉄でしょうか。なるほど、横浜なら海が見えそうです。

 この歌って、1度別れた二人が、焼け木杭に火が付いたっていうシチュエーションでいいんですよね。それとも離れてはいたけど、別れたわけではなかったのでしょうか。
 いずれにしても、珍しい設定だと思います。作詞を担当している「久保田洋司」氏は、松浦亜弥さんに何曲か提供しています。「ダブルレインボウ」とか「真珠」とか、名曲揃いですけど、どれも普通のラブソングでなくって、ひねりを効かせた独特の雰囲気がありますね。
 
 ライブテイクだとマニアックライブのⅡとⅤ、それから、コンサートツアー「想いあふれて」からのテイクがYouTube上にアップされていますが、どれか1つとなるとやっぱりこれでしょうね。


 いかにも、アルバムの中の一曲っていう感じで、名曲だとか、代表曲といえるものではありませんが、こんな地味めな楽曲を、気になる存在の1曲にしたのも、松浦亜弥さんの情感込めた歌唱あってのことなんでしょう。

2015年11月14日土曜日

「柏原よしえ」 ~殿下を虜にしたアイドル~

 突然ですが、今回取り上げさせていただくのは、昭和のアイドル「柏原よしえ」です。

 1970年代、花の中2トリオ(森昌子、桜田淳子、山口百恵)の成功によって、アイドル歌手のデビューは、一気に低年齢化していきました。しかし、その結果、聴くに堪えない歌唱力と、あまりにも幼稚なタレント性が世間から批判されることになります。1980年代になると、その反動から、アイドルのデビュー年齢が引き上げられていきました。中学校を卒業していることは最低条件であり、例えば、松田聖子さんも、メジャーデビューは、高校を卒業してからといった具合でした。そういう中にあって、柏原よしえの14才でのデビューは、やはり当時としては、異例のことだったと思います。
 デビュー時よりソコソコに売れてはいましたが、彼女を一躍有名にしたのは、何と云っても7枚目のシングル「ハロー・グッバイ」でしょう。

 では、最大ヒット曲「ハロー・グッバイ」貼り付けさせていただきます。


 低めの声とマズマズの声量、そして年齢の割には、大人っぽい容姿などが、彼女の14才でのデビューを可能にしたのかもしれません。

 特に、歌唱力は、当時のアイドルの中でも定評がありました。僕は、当時ファンだった「中森明菜」が、あまりにも声量に乏しく、すぐに喉を痛めたりしていたので、同じ歌番組に出てくる柏原よしえの声量をとっても羨ましく思っていたものですw。

 1983年にリリースした中島みゆき作品「春なのに」は、レコードセールスこそ「ハロー・グッバイ」に劣りますが、彼女にとって最も有名な持ち歌になりました。1980年代の前半から中頃にかけては、ヒット曲を連発して、彼女にとっては、よい時期だったと思います。
 また、アイドルでありながら、レコード大賞の最優秀歌唱賞部門に、1985年から1987年まで3年連続ノミネートされたのは、彼女の歌唱力が世間から認められていたことの証とも云えましょう。

 では、代表曲「春なのに」です。この曲が紅白初出場曲だったんですね。意外です。


 彼女は、隠れファンが多いことでも知られていました。特に、当時の徳仁親王(現・皇太子殿下)が、彼女のファンであったことは有名な話です。殿下は、1986年にはリサイタルに参戦し、バラの花を贈っています。

 そんな彼女でしたが、1990年代になると、タレント活動の方向性を大転換してしまいます。
 もとより、彼女は豊満な体型が特徴でしたが、そのギリギリなショットの写真集やビデオは、かなりの話題になりました。というか、ショックでした。そりゃあ、僕も男ですし、しかも当時は若かったですから、現役アイドルのセクシーショットには、興味がありましたよ。それに、売れなくなった元アイドルがグラビア女優になるなんて、芸能界では普通の事です。
 でも、アイドルとは云え、歌唱力をそれなりに評価され、何より、未来の天皇陛下が、自らライブに足を運び、バラまで贈られたというタレントが、ここまで落ちぶれたのかという驚きでいっぱいでした。
 
 彼女には、それに先だって、「空港こけし事件」という、まあ、悪質なデマが飛び交っていました。松浦亜弥さんの年齢詐称疑惑からも分かるように、清純派アイドルのイメージなど、たった1つのデマで、あっけなく崩れ去るものです。それが理由の全てでは無いでしょうが、いずれにせよ、清純派で正統派のアイドル歌手「柏原よしえ」は、消えてしまったのです。

 そんな「柏原芳恵」さんですが、最近は、歌手活動を精力的に行っているという話を聞きました。懐かしのアイドルブームに乗っかって、合同リサイタルなども開催されているようです。関連の動画がYouTubeなどに投稿されていました。まあ、キーも下がっていますし、全然衰えていない歌唱力・・・とはお世辞にも云えませんが、元アイドルが、懐メロファンの前で披露する分には、十分通用するステージだと思います。

 えっ、貼り付けませんよ。僕だって、何でもかんでも貼り付けているわけじゃあありませんからw

 ただ、彼女が、歌手として最も充実していたであろう、20代後半から30代にかけてを、全く無駄に過ごしていたことは、あまりにも空しく残念としか言いようがありません。もっともっと、ヒット曲を飛ばし、昭和、そして平成の歌謡史を書き換えたかもしれない才能は、世間に披露されることも無く、年月だけが過ぎていたのです。
 僕が、50才になった彼女のライブテイクをどうしても褒める気になれない理由を、みなさんならお分かりいただけると思います。

 では、お終いに「最愛」。貼り付けさせていただきます。


 僕も隠れファンだったんです。ってもうバレバレですよねww

2015年11月12日木曜日

Mitchie M「FREELY TOMORROW」feat. 初音ミク  ~無敵のアイドルライブテイク~

 思い出したんですけど、このブログって「松浦亜弥」と「初音ミク」のライブの魅力を紹介しているんでした。で、松浦亜弥さんはともかくとして、初音ミクのライブ動画の紹介をここのところ全然していないことに気づきました。で、今更なんですけど、ちょっと初心に帰ろうかなって考えた次第です。

 「FREELY TOMORROW」は 2011年に投稿された「Mitchie M」氏 の2本目の作品になります。キャッチフレーズは「調教すげぇ」。氏は、ゲーム音楽を手掛けるプロのアレンジャーで、いわば音作りのプロです。その調教は、「神」と呼ばれ、いったいパラメーターの何をどう設定すれば、ミクをあんなに滑舌良く歌わせることができるのか、マジックとしか云いようがありません。
 FREELY TOMORROWは、ニコニコ動画において、投稿から僅か20日間で再生回数100万回を越えましたが、この記録は、ボカロオリジナル曲では最短とされています。

 では、早速、貼り付けさせていただきます。2013年、横浜アリーナで行われた「マジカルミライ2013」からのライブテイクです。歌は22秒後からです。


 振り付けも、奇抜な動きなどなくって、アイドルっぽさを出しています。ノリやすい曲なんで、会場のオタクの一体感も良く出ていますね。若干CGがアニメっぽいところが気になりますが、アイドルライブとしては、なかなかの出来だと思います。
 もっとも、この平成の時代に、こんな風にちゃんとライブができる人間の女の子って、果たして何人いるのか分かりませんが。

 この楽曲は、2014年の東京体育館のライブでも演奏されたんですが、楽曲が始まった瞬間「ああ。これがFREELY TOMORROWか」と感動で泣きそうになりましたよw

 折角ですので、もう1つ、ゲーム版です。


 何処が違うのかと聞かれると、困ってしまうのですが、伴奏が生バンドからDTMになったことと、会場のサイリュームを振っている観衆がオタクと呼ばれる人間から、CGに変わっているところでしょうか。

 氏の作品は、今までもこのブログで取り上げさせていただきましたが、若干意味不明な歌詞を聞き流せば、これほどライブに向いている楽曲群は、他に無いと云えましょう。
  
 ボーカロイドによるアイドルライブをどう捉えるのかっていうのは、人それぞれで、人間の女の子の代用品とする意識も否定できません。しかし、キモいオタクの集まりとして、のっけから否定的に扱われたり、興味本位で極端な一面だけを報道されたりしている現状を考えると、ライブ会場に集まった老若男女の多彩なファンを見て、ライブを支える技術と音楽に対する情熱を直に感じた者として、世間の誤解を少しでも解消していこうとした、このブログの初心を思い出し、改めて決意を強くした次第ですww

2015年11月11日水曜日

平井堅「君のすきなとこ」 feat. 松浦亜弥

 「君の好きなとこ」は、平井堅氏作詞曲の楽曲で、2007年に26枚目のシングルとしてリリースされました。日本テレビの土曜ドラマ「演歌の女王」の主題歌だったそうです。

 平井堅氏は、デビューして今年で20年。今では、日本を代表するシンガー、ヒットメーカーになりましたが、意外と苦労人だったようで、世間に知られるようになったのは、デビューしてから、5年ほど経って「楽園」が発表された頃とありました。

 では、あまりにもベタで、今更と云われそうですが、貼り付けさせていただくのは、大ヒット曲「瞳をとじて」です。映画「世界の中心で愛を叫ぶ」も大ヒットしましたよね。映画について語り出すと話が前に進みませんから、今回は歌だけですw


 ちょっと、前半部分の息継ぎが気になりますかね。僕は、男なので、男声の息継ぎに全然魅力は感じませんが、女性の方ならこれもイイと云うことになるんでしょうか。
 そう云えば、松浦亜弥さんって、絶対ってほど息継ぎを聞かせてくれません。僕は、松浦亜弥ファンだからというわけではありませんが、息継ぎは、聞きたくない派でありますw

 では、「君の好きなとこ」の聴き比べといきましょうか。もちろん、この曲そのものが平井氏の作詞曲になるものですから、単純に比べられるものでは無いのは承知の上ですよ。


 続けて、松浦亜弥さんのカバーです。マニアックライブⅢからのテイクです。


 平井氏の歌唱の最大の特徴って、聴いている側に歌が上手いって思わせるところにあるような気がします。例えばアイドル時代の松浦亜弥さんは、こういう部分が欠落しておりまして、かなり難曲なアイドルソングも簡単にさらっと歌ってしまうんで、ふ~んって感じで終わっちゃうでしょ。やっぱり、難しい曲を難しそうに歌うっていうのも大切なことなのかなって、平井氏のテイクを聴いて思いましたw

2015年11月9日月曜日

今井美樹「彼女とTIP ON DUO」feat.巡音ルカ ~2つの素敵なカバーテイク~

 いきなりですが、まずは、1988年秋の資生堂のCMです。
 「やっぱりアイシャドーだったんだー」ってやつですw


 キャッチコピーが印象的でしたよね。今井美樹さんがブレイクするきっかけになったCMです。それまでも女優・歌手として、そこそこ活動していた今井美樹さんですが、このCMで完全に全国区になりました。

 この後は、楽曲にも恵まれて、女優よりも、歌手として活躍される場が増えていったように思います。僕もちゃんとCDを持っていて、ポスト飯島真理って感じで良く聴いていました。
 で、CDを捜してみたんですけど見当たらなくって・・・、もしかしたらレンタルしたやつをカセットテープにダビングして聴いていたのかもしれませんw。

 で、また、いきなりなんですが、「彼女とTIP ON DUO」のボーカロイドカバーです。歌っているのは、「巡音ルカ」になります。


 今井美樹さんといえば最大ヒット曲は、「PRIDE」なんですが、今回、敢えて「彼女とTIP ON DUO」を取り上げさせていただいたのは、このMMD-PVを見つけたからなんです。ルカのCGがちょっと可愛すぎる感がありますがw、今井美樹さんのオリジナルとは異なる魅力に溢れたカバー作品だと思います。
 制作者は、「The LSC Band」さんで、先日「Close To You」の記事で紹介させていただいたMMD動画の製作者さんです。主に「猫村いろは」や「巡音ルカ」を使用したカバー作品を中心に投稿されている方のようです。
 僕は、巡音ルカは声質や滑舌の点から、今まであまり好きではなかったのですが、彼の作品からルカの魅力を教えていただきました。
 あと、The LSC Bandさんの凄いところはオケ作りにあります。説明によると、MIDIの打ち込みができないので全て自力で演奏している、とのことですが、普通は、演奏できないから打ち込みをするわけでして、羨ましい限りです。
 でも、このオケを自作するというのが、ボーカロイドカバーでは、重要なことだと思います。人間用の伴奏を流用するのも悪くはありませんが、ボーカロイドは、楽器の特性も併せ持っていますので、人間用の伴奏だと、音数が多すぎて、歌声が埋没してしまいます。やっぱり、ボーカロイドには、このようなシンプルでメリハリのある伴奏をつけてあげるのがベストなんだと思いました。

 では、御本家に登場していただきましょう。今井美樹さんのライブテイクになります。このテイク、わりと最近のライブのようですが、ピアノ伴奏で、ちょっとジャズっぽく歌っているんですけど、ものすごーーーく、オシャレで良い感じなんですよ。


 ね、素敵なライブテイクでしょ。大人の魅力も、可愛さも、格好良さもあって、本当に歌うことが楽しそうだし、こんなライブに出会えたら、きっと一生の思い出になると思います。

 で、やっぱり松浦亜弥さんのことを思い浮かべたんですよ。松浦さんもこんな大人の女性になって帰ってきて欲しいなって。こんなライブを開いて欲しいなって。
 もちろん、マニアックライブとか、コットンクラブとか、松浦さんは、既にこれに近いライブを開いていますけど、ちょっと背伸びしてる感が伝わってくるんですよね。歌っているときは良いんですけど、合間のMCなんか、ああやっぱり二十代の女の子なんだなって、・・・別に悪く云ってるんじゃないんですよ。本当に二十代の女の子なんですからww

 今回は、「彼女とTIP ON DUO」について、ボーカロイドカバーとセルフカバーの2つのテイクを紹介させていただきましたけど、全く正反対のアプローチながら、共に楽曲の魅力を伝えていたと思います。特にセルフカバーって、意外と難しくって、なかなか良いテイクにお目にかかれることって無いんですけど、さすが今井美樹さんですね。
 
 でも、何で今井美樹さんの旦那さんが布袋寅泰氏なんですかね。いくら才能に惚れたっていっても・・・。まあ、夫婦ほど不思議なものはありませんね。

2015年11月8日日曜日

さだまさし「道化師のソネット」feat. 松浦亜弥

 「さだまさし」(本名・佐田雅志)さんは、長崎市出身のシンガーソングライター。日本で最も多くのソロ・コンサートを行っている歌手と云われています。昭和から平成まで、コンスタントに活動を続け、人気を保ち続けていることは、驚異的で奇跡に近いと思います。また、叙情的で文学的な歌詩の世界は独自のものとされ、さださんの場合、作詞ではなく作詩と表記するそうです。

 ヒット曲も、「精霊流し」「雨やどり」「関白宣言」と数え切れないほどありますが、まずは、独断で「無縁坂」を貼り付けさせていただきます。シングルチャート12位と若干地味ではありますが、僕が、最も「グレープ」らしいと感じている曲です。


     運がいいとか  悪いとか
    人は時々  口にするけど
    そう云うことって確かにあると 
    あなたをみててそう思う

 特にたいしたことを云っているわけではないんですけど、これぞ「さだまさし」っていう詩だと思います。それにしても、暗い曲ですね。さださんがグレープを解散した理由の1つに、暗いイメージからの脱却をあげていたそうですけど、まあ、この暗さがグレープなんだと思います。

 さて、「道化師のソネット」は、1980年、さだまさしさん自身が主演・音楽監督を務めた映画「翔べイカロスの翼」の主題歌だったそうです。「翔べイカロスの翼」はインディーズ作品だったために広く世間に知れることはありませんでしたが、この主題歌は、オリコン2位、40万枚を超えるヒット曲になりました。
 映画は、誰も知らないのに、主題歌は、みんな知っているというパターンですね。
 
 貼り付けさせていただくのは、みなさんご存じ松浦亜弥さんによるカバーです。NHKで2009年にオンエアされた「さだまさし!音楽を愛する心のビッグショー」からのテイクです。


 さだまさしさんの楽曲は、比較的情感を込めやすい曲が多いので、松浦さんには向いているのかも知れません。ただ、彼女の素直で透明感のある高音というのは、男女の違いこそあれ、さださんと被るところです。共通点が有り過ぎるというのも、カバーする際に悩ましくなるところであります。

 では、さだまさしさんのテイクを貼り付けさせていただきます。最近のライブテイクもあるのですが、やはり、脂がのりきったこの頃のテイクが優れているかと。


 さだまさしさんがソロになって精力的に楽曲を発表していた頃は、僕が一人暮らしをしていた時期と重なります。「案山子」「主人公」「つゆのあとさき」そしてこの「道化師のソネット」など、数多くの名曲が発表されました。夜中に下宿に向かう帰り道、独り大声で「さだまさし」を歌いながら歩いていたことを思い出しました(田舎だったんでw)。「森田童子」なんて聴いてる奴もいましたけど、僕の独り暮らしの淋しい心には、「さだまさし」くらいが丁度良かったのかもしれません。

 さだまさしさんが元スチュワーデスの奥様と結婚されたのも、確かその頃だったはずでしたが、先日、娘さんでピアニストの佐田詠夢さんが、ゴスペラーズの北山陽一氏と結婚されたと云うことを知って、時の流れを感じた次第です。

 では、折角ですから、もう1つ貼り付けさせていただいて、お終いにいたします。当時、僕が一番好きだった曲「檸檬」です。

2015年11月7日土曜日

竹内まりや「元気を出して」 ~薬師丸ひろ子VS松浦亜弥VS初音ミク~

 「元気を出して」は、「竹内まりや」さんが作詞作曲した作品で、1984年にリリースされた「薬師丸ひろ子」さんのファーストアルバム「古今集」に収録されました。1987年には、竹内まりやさんがセルフカバーして、シングルCDを出しています。
 失恋した友だちを励ます曲ですね。竹内さんも、女性が女性におくる応援歌って意外とないので作りましたってコメントしていました。
 この曲、ホントに多くの歌手がカバーしています。僕は、てっきり竹内まりやさんが最初だと思っていました。もはや薬師丸ひろ子さんがオリジナルだということを、何人の人が認識しているでしょうか。

 というわけで、オリジナルをリスペクトしまして、薬師丸ひろ子さんのテイクを貼り付けさせていただきます。薬師丸さん20才頃のテイクですよね。30年前ですか・・・。


  え~っ、これ凄くイイと思うんですけど、薬師丸さんの声質が歌に合っているし。

 薬師丸さんは、この曲をシングルカットすることはありませんでしたが、やっぱり代表曲の1つに間違いはないようですね。「元気を出して」=「薬師丸ひろ子」としっかり覚えておきましょう。

 続いて、松浦亜弥さんのテイクです。


うわ~、ぶっつけ本番感丸出しですねw

 歌詞カード見てるのに、もろに間違えてます。歌詞間違いにもいろいろありますが、これは、かなり酷い方です。こう云うのって、一度気になると、気になって仕方ないですよね。この曲、僕、大好きなんですけど、再生リスト「歌上手いベスト・カバー曲集」に入れなかったのは、これがあったからなんですよ。

 松浦亜弥さんの竹内まりやカバーといえば、「純愛ラプソディー」が評価も高くって、多くのライブで歌っていますけど、「元気を出して」は、随分扱いが違くなっちゃった印象があります。まさか、このテイクがトラウマになっているなんてことは無いと思いますけど。
 でも、ちゃんと歌い込めば、もっともっと良くなるだろうし、波瀾万丈な人生(?)を歩んで幸せを摑んだ松浦亜弥さんが歌うに相応しい楽曲だと思うんですけどね。

 そういえば、「本気でオンリーユー」って竹内まりやのヒット曲をつなぎ合わせた、ジュークボックス・ミュージカルだったんですよね。この曲も、歌ったんでしょうか。あのミュージカルは、DVDとかも無いみたいで、様子が全然分からないんですけど。せめて、「松浦亜弥、竹内まりやの世界を歌う」みたいなカバーアルバムがあったら良いなって思います。

 お終いに初音ミクのテイクです。スルーしないで聴いてあげてくださいね。


 まあ、少なくとも音痴じゃないし、誰かみたいに歌詞間違えてないし、安心して聴けるんで、BGMにいかがでしょうか。
 人みたいに歌っているって思うから違和感あるんですよ。言葉を奏でる楽器だと思ってくださいね。これは、あくまでもインストロメンタルですからw

 ウィキペディアで調べると、カバーした歌手の一覧表なんかがありますけど、当然のことながら、初音ミクも松浦亜弥さんも入ってません。でも、数あるカバーの中には、絶対これよりも酷いテイクがあると思いますよ。

 ということで、今回の収穫は、薬師丸ひろ子さんの素敵なテイクを発見したことかなw

2015年11月6日金曜日

 結婚記念日 ~その2~

 結婚式シーズンでしょうか、僕の家の近くにある、1日1カップル限定とかいう、最近流行の結婚式場にも人が集まっているのをよく見かけます。

 以前、松浦亜弥さんの結婚記念日について、記事を投稿させていただきましたが、最近は、入籍日と結婚式が同じ日でないことが多いようです。
 で、実際あったんですけど、ご祝儀ってどちらのタイミングで渡せばいいのか悩んでしまいます。披露宴に呼ばれていれば、入籍祝い+ご祝儀でしょうけど、呼ばれていないときも、やっぱり入籍祝い+結婚祝いなんでしょうかね。
 っていうか、こんなややこしいことになっているのも、それぞれを別な日に設定しているからなんですよ。

 結婚に関連する項目をざっと思い浮かべてみると、「入籍」「結婚式」「結婚披露宴」「新婚旅行」「同居」それと「子作り」と・・・、まあこんな感じでしょうか。

 松浦亜弥さんで考えさせていただくと、たしか、8月4日が入籍された日ですよね。式は、10月の上旬にハワイで挙げられたようですけど、披露宴ってあったんでしょうか。式の参列者だけで済ませたのであれば、いわゆる披露宴はやってないことになりますよね。同居は、確かその年の初めには、既に始めていたと思います。
 こういうことは、今では珍しくないというか、こっちの方が一般的になっているように思います。

 僕らみたいな昭和の人間は、全てを一度に済ませるのが普通でした。一番自由にならないのが、披露宴の日程ですから、まずそれが決まって、それに合わせて、全てが設定されていきました。
 役所に行って届けを出して、神社に行って式を挙げて、ホテルに戻って披露宴。終わったら旅行に出発。で、新居に帰るって具合です。それを今の若者に話すとビックリされるんですよ。信じられないって。いつ頃から、こんなに意識が変わったんでしょうか。

 つまり、なぜ入籍だけを何ヶ月も前に済ませるのか、言い換えれば、なぜすぐに結婚式をやらないのか、逆に言うと、なぜ遅らせてでも結婚式をやるのかってことです。

 で、調べてみましたら、結婚式が遅れる理由としては、仕事の関係をあげている人が多いですね。式を挙げられないほどの仕事を抱えている人間が、そんなにいるとも思えないんですが、まあ、雇用の不安定さがこういうところにも影を落としているのかもしれません。
 披露宴は、生活が落ち着いてから、という考えが多いようです。人生で一番落ち着いていられるのが独身時代だと思うんですけど・・・。で、本音としては、面倒なことは後回し、あわよくばやらずに済めば、という感覚もあるようです。結婚は、昔はムラの行事でしたけど、今は個人的なもので、親戚一同や友人はともかく、会社の上司・同僚、さらに隣組まで集める披露宴というのは、現代の感覚に馴染まなくなっているのかも知れません。
 入籍日については、やはり何かの記念日に合わせたと云うのが多いようです。そう言えば、松浦亜弥さんも、8月4日は2人しか知らない秘密の記念日だとか云ってましたっけ。

 昭和の時代は、入籍日は式場の予約次第で、同じ日にするのか普通ですから、理由なんてありゃしませんでした。でも、記念日って、そもそも、何かが起きるまでは、だたの日ですよね。何でもない普通の日が、記念日に変わるからイイんだと思うんですけど。何もわざわざ11月22日とかに入籍したりして、せっかくの記念日を意図的に操作するほうが、味気ないと僕は思うんですけど。

 で、結論には至りませんでしたけど、入籍だけは済まして、一緒に住むけど、結婚式はもう少し先で、という、結婚したいけど簡単にはできない若者の置かれている現実があったようです。
 戦後のもっと貧しい時代であったのなら、結婚式なんてろくに挙げられない夫婦もたくさんいましたけど、今は、そこまで貧しくはないんですよね。だけど昭和の気楽な若者のようにもいかないといったところでしょうか。彼らの親の世代も、自分たちのことで精一杯ですし。

 それと妙に真面目で知恵があり、失敗を恐れるという現在の若者の傾向が、結婚に関して自分たちでハードルを上げちゃってるという一面も感じました。相性を確認するために、入籍前に同棲してみるなんていうのは、その典型だと思います。

 そんな中で、懸命に新しい人生をスタートしようって頑張ってるんですから、入籍祝いだろうが、結婚祝いだろうが、ケチ臭いこと言わずに、何度でもお祝いしてあげなきゃって思った次第ですw。 

 ということで、ベタですけど「dearest.」を貼り付けさせていただきます。今回は、数あるテイクの中からこれにしました。

2015年11月4日水曜日

映画「明日に向かって撃て!」から「雨にぬれても」 B・J・トーマス&初音ミク

 特にリクエストをいただいたわけではないのですが、先日のバート・バカラックつながりで「雨にぬれても」を取り上げさせていただきました。

  「明日に向って撃て!」は、 1969年に制作されたアメリカ映画です。原題は、「Butch Cassidy and the Sundance Kid」で、主人公の名前そのまんまですね。彼らは実在の人物で、アメリカでは有名な列車強盗・銀行強盗ですから、人物名でも映画の題名として通用するのでしょうけど、日本では、そういうわけにはいきませんから、アメリカ映画っぽい格好いい邦題を考え出したんでしょう。出演者は、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、キャサリン・ロス。そして主題歌は、僕の尊敬するバート・バカラック先生作曲の「雨にぬれても」です。こちらの原題は「Raindrops Keep Fallin' On My Head」で、直訳すると「雨粒が、私の頭に降り続けている」ですから、なかなかの名訳だと思います。

 では、「雨にぬれても」。映画の名シーンと共に貼り付けさせていただきます。このシーンは、ほとんど2人のアドリブ演技で、実際に音楽を流しながら撮影したとのことです。名シーンと云っても、自転車で二人乗りしているだけなんですけどw


 名シーンに名曲有りっていうか、これに関しては、名曲あってこその名シーンという感じですね。

 僕は、当然のことながら、この映画については、全くといって良いくらい知らなくって、断片的に紹介されている映像と、あらすじ程度の知識しか有りません。でも、こんな映画をリアルタイムで映画館で見ることができた世代が羨ましいです。初音ミクファンの僕が云うのも変ですけど、今のアメリカの娯楽映画ってCGだとか、SFXだとか、そんなのばっかりじゃないですか。
 
 バート・バカラック先生ご自身が歌っているライブテイクがありました。


 続いて、初音ミクのカバーになります。映画ファンの方々から、原作を冒涜している、などと云われかねませんが、「雨にぬれても」は、すでに映画から独立した偉大なスタンダードナンバーですので、こういうカバーも許されるのではないかと思った次第です。
 あとは好みの問題で。といっても、好きな人は圧倒的に少数派なことは分かっていますw。


 世界広しといえども、この2テイクを並べて貼り付けてるブログは、ここだけでしょうね。

 初音ミクは、日本語の音声データからつくられたボーカロイドですから、通常版で英語の歌を歌わせるとカタカナ英語になっちゃうんですよね。これは、英語音声ライブラリーを使用している作品なんで、発音はバッチリですww。

 参考までに、同じボカロPさんによる、通常版でのテイクです。


 中学生に英語の歌を無理やり歌わせたみたいですね。これぞ日本人のカタカナ英語ですよ。僕が中学生だった頃の英語の先生も、こんな発音でした。
 僕も、スタンダード版と英語版を全く同じ曲で、聴き比べるのは、初めてなんで、とっても勉強になりました。

 で、日本語で歌ったらどうなるのかなって考えてみたんですけど、日本語のカバーって驚くほどなくって、皆さん、英語で歌っているんですよね。

 始めの2小節で、英語だと「Raindrops Keep Fallin' On My Head」まで歌っているんですけど、日本語だと、「あーめがふってきたー」くらいしか歌えません。
 日本語で歌うと、一音で音符1つ使っちゃうんで、全然言葉がのらないんですよね。だから直訳文で歌おうとすると、音符を刻んで、もの凄い早口で歌わなければならないんです。
 岩谷時子さんの訳詞がありましたけど、意訳を重ねて、ご苦労が伺えます。でも、伝えきれてなくって、やっぱりイマイチなんですよw

 今度、カラオケに行く機会があったら、思い切って英語で歌ってみましょうか。まあ、通常版初音ミクには負けたくないですw

2015年11月3日火曜日

「ダブルレインボウ」 松浦亜弥

  一言で云えば、必要以上に仰々しい曲だと思います。壮大なアレンジの楽曲ですが、要は、売れない絵描きと、しがないミュージシャンが出てくるだけのことです。
 あと、歌詞の内容から考えると、この曲のタイトルをダブルレインボウと名付けた意図がイマイチ分かりません。
 それとアルバムジャケットの写真。どうにかなりませんでしたかね、っていう感想は、当時のファンも同じだったようですが、ご本人は、かなりのお気に入りだったとのこと。やはり彼女の美的感覚は、庶民には、理解し難いようです。

 ダブルレインボウは、二重の虹が現れる現象で、最近は、皆さんスマホをお持ちで、見つけるとバンバン写真撮ってアップしますんで、ネットで検索すれば、わんさかと出てきます。で、なるほどって思ったんでけど、外側の副虹って、色の順番が逆になっているんですね。

 問題の、レコードジャケットですw。


  亜弥さんの後ろに、虹がうっすら見えますけど、これはダブルレインボウじゃないですよね?

 散々こき下ろしておいて、こんなこと云うのもなんですけど、こういう壮大っぽい曲って、松浦亜弥さんの持ち歌には、意外と有りそうで無いんで、貴重な楽曲ではあります。
   
 というわけで、貼り付けさせていただくのは、2007年秋のコンサートツアー「ダブルレインボウ」からのテイクです。


 アンコールの1曲目ですよね。この1曲前の「めっちゃホリデー」で完璧にコールを合わせてくれた亜弥オタさんたちを黙らせての、この歌唱。歌った後の、拍手喝采が印象的です。しつこいようですけど、「めっちゃホリデー」→「ダブルレインボウ」ってセットリストですよ。こんなライブができる歌手って、後にも先にも松浦亜弥さんしかいませんですよ。こんなに声が出れば、歌ってても気持ち良いでしょうね。
 あと、ビジュアル的にもバッチリですよ。今度、CDを再販する時は、この映像をジャケットに使って欲しいです。あと、背中に羽根が出てきますけど、これって、初音ミクのライブでも良く使う演出なんですよww

 もし、時間が戻って、松浦亜弥さんのライブに、1つだけ参戦できるとしたら、この「ダブルレインボウ」がイイです。コテコテのアイドルソングから、こんな仰々しい曲まで、分け隔て無く披露してくれた、唯一のライブなんですから。・・・あっ、やっぱりファーストコン・・

 もう1つ、マニアックライブⅣからのテイクです。

 歌詞の内容は、前半は静かに過去を振り返っているかのようですが、後半部分は、明日への力強い希望を歌っているように思えます。たして2で割れば、このくらいの歌い方の方が合っているように思います。


 で、今頃気づいたんですけど。このテイクって、最後のサビのところ以外は、ずっとピアノだけの伴奏だったんですね。ますます、気に入ってしまいました。

2015年11月1日日曜日

「遙かなる影(Close To You)」 カーペンターズ&巡音ルカ

  「遙かなる影」は、バート・バカラックとハル・デイヴィッドによる1963年頃の作品で、1970年にカーペンターズがカバーして、世界的大ヒット曲になりました。どのくらいヒットしたかって云うと、子どもだった僕だって知っていたくらいです。僕は当時、文集の尊敬する人の欄に「バート・バカラック」って書きました。嘘じゃありません。ホントの話ですw

 「(They Long To Be)Close To You」は、直訳すると「みんな(私も)あなたのそばにいたい。」だと思いますが、それを「遙かなる影」と訳すセンスってどう評価すればいいんでしょうかね。今だったら、原題のままでリリースするでしょうけど、昔は、庶民が英語を知らないのをいいことに、何となく曲のイメージに合った、売れそうな邦題を勝手に付けてたということでしょうかw。

 「カーペンターズ」「ビートルズ」「サイモン&ガーファンクル」。アニメ主題歌と昭和歌謡と文部省唱歌しか知らなかった僕にとって、彼らたちとの出会いは衝撃でした。特に万人受けという点では、カーペンターズに優るアーティストはいなかったと思います。
 カーペンターズの代表曲は、「イエスタデイ・ワンス・モア」「トップ・オブ・ザ・ワールド」となるでしょうが、この「遙かなる影」も、彼らによって更なる魅力を与えられた楽曲です。バート・バカラックの名曲を、子どもだった僕にも分かりやすいようにアレンジしてくれたのが彼らでしたから。

 では、貼り付けさせていただきます。日曜日の午後に聴くと泣きそうになりますよ。


 この曲が大ヒットしたのは、カレンの魅力ある低音とリチャードの編曲によるところが大きいですよね。低音で勝負できる女声がいかに最強か分かります。あと、やっぱりドラムを叩いてこそのカレンですねww

 次は一転して、ボーカロイド巡音ルカEngによる「Close To You」MMD動画です。オタクによるボカロ技術もここまできたかって感じです。コーラスの付け方が秀逸です。ボカロ嫌いの方も、騙されたと思って是非ww


 製作者さんのカーペンターズ愛があふれた作品だと思います。原曲をリスペクトしつつ、ルカの魅力も伝わってきます。この曲、本当にたくさんの人間のアーティストにカバーされていますけど、決してそれらに劣ることのないテイクだと思いますよ。

  もう1つ、ボーカロイド「AVANNA」によるテイクです。AVANNAは、英語版VOCALOID3のライブラリで、ポップ・ミュージックとケルト・ミュージックが得意ジャンルとありました。ケルト音楽ってかなりマニアックかと思いましたら、結構ファンもいるみたいです。そういえば、日本を席巻したハロウィンだって、元々は、ケルト人のお祭りでしたね。

 今回は、残念ながら初音ミクのテイクは見つけられませんでしたが、ミクは声がかなり幼いので、原曲の雰囲気とは、かけ離れたカバーになってしまうでしょうね。それはそれで、面白そうですけど。


 1980年代になると、彼らの音楽性も行き詰まりを見せはじめ、兄は睡眠薬依存症、妹は摂食障害に苦しむことになります。彼らが、兄妹という微妙な人間関係だったことも、問題を複雑にしていたと思います。
 カレンが32歳の若さで亡くなった頃には、僕はもうカーペンターズから卒業していました。っていうか、卒業した気になっていました。
 当時は、摂食障害なんてあまり知られていませんでしたから、「そんなことで人間って死ぬんだ」って云うのが正直な感想でした。「そんなことで死ぬなんてバカな奴」とも思いました。

 けれど、久しぶりに聴いていたら、いろいろな想いが巡ってきて、泣きそうになりました。何を今更・・・ですよね。

2015年10月31日土曜日

本日ハロウィンということで、東方ProjectのMMDを

 松浦亜弥さんファンの方々には、スルーを推奨いたしますwww

 特にこれといった理由はないのですが、東方ProjectのMMDを漁っていたら、ニュース映像に出てきたハロウィンの仮想集団を連想したものですから、投稿してしまいました。

 僕は、年代的に、ハロウィンも東方Projectも無縁なんです。だから、意味も分からず見ているだけなんですけど、何か楽しいし、良くできてるし、気分転換というか、テンション上げたいときに良いんですよね。センターの女の子は、「アリス」って云うらしいです。

 ガンダムの初期のモビルスーツが、いろいろ出てきますけど、名前も忘れてしまいましたww




「私と私と私」松浦亜弥

 「私と私と私」は、松浦亜弥さんの3枚目のアルバムの収録曲です。で、それをうけて行われた2004年春のコンサートツアーのタイトルが、「私と私とあなた」でした。ところが、DVD収録のライブでは、この曲を歌っていません。別の公演では、歌った時もあったようですけど、当時のコメント欄を見ると、この曲がセットリストに入ってないことへの不満を表した書き込みがありました。まあ、「私と私とあなた」って云うライブツアーだったら、「私と私と私」を歌うって、フツウ思いますよね。

 しかも、その後のライブでもセットリストに入ることはなくって、マニアックライブⅣのテイクが、YouTubeにある唯一のテイクのようです。

 歌詞の内容は、アルバムリリース時、17才の女の子の内容なんですが、曲調は、随分おしゃれな感じです。この曲を17才の「あやや」がどんな風にライブで歌ったのか、是非とも聴きたかったところです。
 もっとも、詩の内容については、「女子高生の主張」とか「夕暮れ」と、似たり寄ったりですから、つんく♂氏がこの年代の女の子に関して持っているイメージというのが、こう云うものなんでしょうね
 

 マニアックライブⅣは、2001年から、年ごとに歌を披露するという演出のようです。デビュー時代のふり返りでは、さすがにコテコテのアイドル曲は、歌いたくなかったようで、主にカップリング曲などを披露しています。でも、そのおかげで、「遠距離の恋愛」など貴重なテイクを聴くことができました。
 このライブのリラックスした歌唱と、アイドル時代のカップリング曲とかアルバム収録曲が、上手い具合にかみ合っているんですよね。「待ち合わせ」「笑顔に涙」「夕暮れ」「遠距離の恋愛」「私と私と私」あと「ダイアリー」もそうでしょうか、どのテイクも良い感じで、好きなんです。

 
 ということで、マニアックライブⅣから「待ち合わせ」を貼り付けさせてお終いにいたします。

2015年10月28日水曜日

松浦亜弥 リアルオーディション「ねーえ?」&「風信子」~驚愕の連続テイク~

  松浦亜弥さんには、いくつかの主演ミュージカルがあって、2004年2月に行われた「リアルオーディション」もそのうちの1つですね。ミュージカルについては、僕は、DVDを持っていませんし、当然、参戦もしていませんので、何も云うことがないのですが、当時のレポートによると、アドリブ満載の喜劇だったらしいです。ということは、ずば抜けたステージ度胸の彼女には、うってつけのミュージカルだったのでは、ないでしょうか。

 で、後半は、お約束のミニライブ。客席と舞台も近くって、ファンにとっては、かなり楽しみなステージだったようです。ただ、マナーの悪いファンもいたようで、ちゃんと演技を見て欲しい、ちゃんと歌を聴いて欲しいという、松浦亜弥さんの想いとのギャップが窺い知れます。まあ、レコードよりも水着の写真集の方が売れていたという当時の現状では、致し方ないのかもしれません。
 このあたりから、松浦さんは、オタク切りとも云うべき言動が出てきますが、離れていくのは、まともなファンばかりという悪循環に陥っていったようです。

 まあ、こんな話は、ここまでにして、楽曲を貼り付けさせていただきますね。「ねーえ」と「風信子」、ミニライブでは、この2曲を続けて歌っていますので、ここでも2つ続けて聴いていただましょうか。



 松浦亜弥さんって、ここいら辺に、タレント活動のピークを持ってきちゃった感じですね。そりゃあ、誰でも17・8才っていうのは人生で一番パワーがある頃に違いありませんが・・・。

 で、僕が注目したいのは、この極端に曲調の異なる2曲を歌い分ける才能なんですよ。こういった流れのセットリストは、松クリスタルなどにも、「めっちゃホリディ」→「トロピカ~ル恋して~る」→「渡良瀬橋」とか、「奇跡の香りダンス」→「ね~え?」→「風信子」ってのがあります。
 松クリスタルの「渡良瀬橋」は、YouTubeでも高評価ですけど、その前に「めっちゃほり」「トロ恋」って歌った流れの中でのテイクだって知ったら、一般の皆さん方きっと驚くと思います。

 先日の、「LOVE涙色」の記事でも同じ事を云いましたけど、この「静」と「動」とも言える、両面を完璧にこなせるところが、彼女の凄いところですよね。しつこいようですけど、何度でも強調したいと思いますw
 ただ、残念なことに、アイドル時代は、「静」の部分が余計なもの扱いになっちゃたし、大人になってからは、「動」の部分のイメージが邪魔になっちゃってるんですけど、でもこの2つがあってこその、松浦亜弥だと思います。

 当時のライブレポートには、ノリノリになってきたところで、いきなりテンポを落とされるので、やりにくくって困る、なんてコメントがありましたけど、当時の亜弥オタっていうのは、「俺たちのご主人様は、そこいらのアイドルとは違うんだ」というプライドがあったようですから、そのへんも含んで楽しんでいたのでしょう。
 
 それから「風信子」なんて、もしかしたらこれがベストテイクじゃないかってくらい、良いデキだと思います。ちょっとコブシを効かせたような感じもいいですよ。
 よくYouTubeにそのへんのところを揶揄するかのようなコメントがありますけど、やろうと思えば何でもできるという、彼女の才能を素直に認めたいと思います。

 松浦亜弥さんは、演歌歌手だったとしても大成したと思います。今思えば、そのほうが、末永く活動できていたかもしれませんね。

2015年10月26日月曜日

マクロスF「星間飛行」~中島愛&メグッポイド&初音ミク~

 「星間飛行」は、テレビアニメ「マクロスF(フロンティア)」の挿入歌で、劇中のアイドル歌手「ランカ・リー」の楽曲として使用されました。「中島愛」さんは、2007年、オーディションで選ばれた、ランカ役の声優さんで、これがデビューシングルになります。そして、中島愛さんは、インターネット社のボーカロイド「Megpoidメグッポイド(GUMI)」の音声データの提供者でもあります。つまり、

          [ ランカ・リー ] ⊂ [ 中島 愛 ] ≒ [ GUMI ]  ということになります。

 ということで、今回は、オタクが云うところの「中の人」と「ボーカロイド」の共演です。まず、「中の人」にお手本を示してもらいましょう。




 なかなか、格好いい曲ですね。「キラッ」がクセになりそうです。作曲は、アニソンやゲーム音楽を数多く手がける「菅野よう子」さん。作詞を、松田聖子さんの楽曲を手がけた、大御所「松本隆」氏にオファーするなど、気合いの入り方が半端ないですね。楽曲のキャッチフレーズは、「銀河一のアイドルのデビュー曲」。ギターのフレーズは、まるでディープパープルのスモークオンザウォーターみたいですww
 僕は、決してアニメオタクではありませんが、この子、ちゃーんと歌っているし、こんな娘がライブをしているのなら、ちょっと覗いてみたくなりました。声優アイドルというのは、基本ソロですから、失われた昭和のアイドルの雰囲気を感じます。

 続いて、メグッポイド(GUMI)のテイクを貼り付けさせていただきます。良く調教されていたニコニコ動画を、勝手に(?)転載していたYouTubeの動画群があったんですが、著作権侵害の疑いで、ことごとく音声トラックがミュート状態になっています。
 ということで、今回は、やむを得ず静止画で届け致します。

 これもセルフカバーって云うんでしょうかねw


 どうしても動画が良いという方に、ニコニコ動画へのリンクですw。IDをお持ちの方はどうぞww


 メグッポイドは、中島愛さんの音声データからつくられたボーカロイドです。当然のことながら、やっぱり似ているなあと思う反面、ボーカロイドの特性として、どうしても滑舌が悪くなっていますね。このテイクは、そのへんを調教の技術で、比較的、違和感なく歌わせています。
 コピーした物を一生懸命修正して、オリジナルに近づけているってことなんですけど、だったら、最初からコピーでなく、ご本人に歌ってもらえばイイのですが、まあ、そのへんは触れないでおきましょうw

 ここで、参考までに初音ミクのテイクをお届け致します。画面の縦横比がおかしいんですけど、今回は、あくまでも音声の研究と云うことでご勘弁を。2009年の投稿ですが、なかなかの調教ですよ。


 比べてみると、やっぱりミクは声が幼いですね。
 でも、改めて感じたんですけど、ミクの歌声ってボーカロイド独特の個性というか、味があると思うんですよ。何をどう歌わせてもミクは、ちゃんとミクなんですよね。何か、無理に人間の声に近づけなくっても良いと思わせるものがあるように感じます。これって、ねらってできるものではないし、初音ミクが、奇跡の歌声と言われるのも分かるような気がします。
                
 今回、1つの人間と2つのコンピュータのテイクを聴き比べてみました。ありふれた結論ですけど、やっぱり人間っていいなって思いました。あの「キラッ」は現在のボーカロイドの技術では、太刀打ちできませんww

 中島愛さんは、現在26才、昨年より無期限の活動休止中とのことで、メグッポイドが歌声の代役を引き受ける場面は当分続きそうです。

2015年10月25日日曜日

「ふわりクレヨン」初音ミク ~漢字不使用のやさしいポップス~

 今回の楽曲「ふわりクレヨン」は、先日の「島風」の記事で貼り付けさせていただいたのですが、テイクが歌い手さんのであったのと、MMD動画の島風のミニスカートが、楽曲の鑑賞の妨げになっていた感がありましたので、改めてボーカロイドの作品として紹介させていただくことにしました。

 ふわりP氏は、2010年頃より活動しているボカロPさんです。代表曲は「ゆめのかたち」「ふわりクレヨン」など。アニメ主題歌に楽曲提供もしているとのことでした。高評価のわりに再生回数が伸びない傾向があるようですが、その「豊かなメロディと優しく易しい歌」には、固定のファンも多いようです。

 氏は、歌詞表記で極力漢字を使わないそうです。「二通り以上の意味・読み方を持つ漢字を用いることで発生する文章の理解までのタイムラグを避けるため」とありましたが、成る程、そう云う考えもあるものなんですね。「理由(わけ)」「運命(さだめ)」「地球(ほし)」と読ませたりする、いわゆる当て字だらけの歌詞より、よっぽど良いかもしれません。ただ、ひらがなにすれば、読み方は確かに1つになりますが、言葉そのものが複数の意味を持つときも多くありますので、この問題は、ひらがな表記だけで解決できるものではないとは思います。

 そういえば、子ども時代、漢字の勉強には苦しめられました。大っ嫌いでした。僕は、理系小僧でしたけど、漢字がなければ文系少年になっていたかもしれません。漢字がなければ、日本の子どもたちの勉強もさぞかし楽になるでしょう。
 英語みたいに単語ごとに分かち書きにすれば、ひらがなだけでもちゃんと読めますから、戦後GHQの時代、漢字を無くそうって、本気で考えていたらしいです。欧米人は母国語の学習の時間、漢字がない分、スピーチばっかりやってるわけでしょ。日本人はスピーチやディスカッションが苦手とか云いますけど、日本人に欧米人なみの力を身につけさせたいのであれば、漢字を捨てるくらいの覚悟が必要でしょうww

 というわけで、歌詞付き動画を貼り付けさせていただきますが、試しに1番だけ、漢字混じり文の歌詞を載せてみました。決して、厭がらせではありませんよ。試しにですww


ぴかぴか色をした シャボン玉から見えた円い町
くるくる回ってて とても楽しそうなの
ふわふわり 昇って行く

幾つも飛び出した 光の粒と雲と空の遊び 
風にのった船の様に浮かんで のんびりとお話をしてる

願い事が叶うなら 空へ飛びたいな あの雲に乗りたいな
柔らかクッションで昼寝をしたいんだ

何時か見たあの夢の続きの続きを見たくて
少し上を見て走った 飛び付けるように
何処までも広がって行く景色と色彩の向こう
わくわくできるのかな? 未だ見たことのない世界

 
 どうでも良かったですね。失礼しました。

 で、この曲、本当にテレビアニメの主題歌になりそうな感じですね。人畜無害と言えばそれまでなんですけど、こういう無条件に明るくって、前向きで、そして優しい歌って好きなんですよ。死んだ爺ちゃんも「歌は楽しく歌うもんだ」って、僕によく云ってましたから。

  氏のホームページによりますと、今年度、内閣府子ども子育て支援新制度キャンペーンソング「みんなで!やったー!!」の楽曲制作を担当されたとのことでした。 
 「子ども子育て支援制度」といえば、国の重要政策の1つですから、そのキャンペーンソングと云えば、箔が付きますよね。ボカロPさんたちがプロの音楽家として活躍するのは、なかなか大変な事ですので、このようなご活躍の記事を見ますと安心します。

 ちなみに、「内閣府子ども子育て支援新制度」は、ひらがなで分かち書きにすると「ないかくふ こども こそだて しえん しんせいど」です。

2015年10月24日土曜日

松浦亜弥 「LOVE 涙色」 ~対極の2テイク~

 久しぶりという程でもないのですが、ファクトリー・ライブの「LOVE涙色」を聴きました。いくつかあるスローバージョンのテイクの中でも、やはり秀逸なテイクではないかと改めて思います。ピアノ武部聡志氏やギター坂崎幸之助氏など一流のミュージシャンに囲まれて、一端のアーティスト扱いなところも微笑ましい。
 この曲の前に歌った「ひこうき雲」も、良いんですが、安定感でいうと、やはり歌い込んでいる「LOVE涙色」の方が優れていると思います。
 そして何より、松浦亜弥は、この時、既に、露出の多い派手な衣装や、興味を引くような振り付けなどを必要としない「歌手」であることを証明していたということに驚かされます。月並みな言い方しかできませんが、やはり、松浦亜弥は、ただのアイドルではなかったと思います。


 歌を聴かせるというのは、どういうことなのか、考えるときがあります。

 高音で声を張り上げて歌うことが、歌の上手さをアピールする唯一のやり方であるかのような傾向には疑問を持っています。巻き舌で日本語を崩して歌うのを個性的だとする傾向には、反感さえ覚えます。
 どんなにカラオケ上手でも、素人はやはり素人ですし、逆に、決して歌が上手いとは思えないアーチストの歌で涙する人もいます。世界的声楽家の歌だからといって、必ずしも心を動かされるとは限らないのに、人間でもない初音ミクの歌で泣きそうになったことがありますw
 だとすれば、人を歌で感動させるのに、歌が上手いと云うことは、必ずしも必要条件でないのかも、と思ってしまうのです。

 こんな15才の松浦亜弥ごときに、負けない歌唱ができる人は、いくらでも存在するはずです。なのに、僕は、このテイクに心を動かされるんです。彼女のこの歌唱には、引きつける何かがあるんです。それを歌唱力というのであれば、歌唱力と歌が上手いと云うことは、別の次元、異なる尺度で語られるものではないでしょうか。

 そして、ここにもう1つの「LOVE涙色」のテイクがあります。驚くべきことは、この2つが全くの同時期であるということです。このわずか2ヶ月違いのテイクが同一人物のものであるということは、さらに驚くべきことです。


 松浦亜弥を、ただのアイドルではない、と評する一方で、僕がこのテイクから感ずるのは、松浦亜弥はただの歌の上手い歌手ではない、ということです。

 1人のアーティストが一度に相手にできる観衆の人数には、限りがあるといいます。小さなライブハウスが似合うとか、1500人規模のホールまでだとか。ドームやアリーナでライブを開くには、単に動員力があるというだけでなく、そのアーティストがそれだけの人間の圧力を跳ね返すだけのパワーを持っているかどうか、が重要なのだそうです。近年では、ドームコンサートなど珍くはありませんが、多くは、グループであったり、何人ものダンサーやバックバンドを引き連れています。たった、一人でステージに立つというのは、僕らの想像を絶する「人間圧」との戦いなのです。

 松浦亜弥のライブの特徴は、その単独性にあります。彼女は、基本的にゲストやサポートメンバーを必要としない、というか、ソロでパフォーマンスすることを好み、楽しんでいるようにさえ見えます。何千人もの観衆を向こうに回し、たった一人でリードする。この才能は、どういう言葉で表せば良いのでしょうか。昔なら「スター性」とでも云っていたかも知れませんが。

 僕は、このあまりにも対照的で対極的な2つのテイクが、同時期に存在しえたということこそ、松浦亜弥が希有なタレントであったことの証明なのだと思います。

2015年10月18日日曜日

駆逐艦「秋月」 ~期待の防空艦の末路~

 しつこいとは、思いますが、「雪風」「島風」と続きましたら「秋月」についても書かないわけにはいきません。ただ、このブログが一体何なのかという問題も出てきましたので、とりあえずは、これで一区切りとさせていただくことを、予めお伝えしておきますww

 ここまでの記事で、対艦攻撃用に特化した日本の駆逐艦が、いかに悲惨な最後を迎えたかを投稿させていただきました。
 日本の駆逐艦は、アメリカの潜水艦に対しても有効な働きができませんでした。高性能のソナーが開発できなかったということもありますが、大西洋でドイツのUボートと熾烈な戦いを経験していたアメリカ海軍にしてみれば、太平洋の日本軍の潜水艦戦など比べものにならなかったのでしょう。アメリカの潜水艦に撃沈された日本の艦船は数えきれませんが、日本の駆逐艦がアメリカの潜水艦を撃退したという話はほとんどありません。

 さて、そんな旧日本海軍ですが、ようやく防空艦の建造に着手します。それが秋月型駆逐艦でした。秋月型の駆逐艦は、終戦までに12隻が竣工します。
 秋月の最大の特徴は、長10センチ高角砲を8門装備していることでした。砲身寿命が短く、頻繁に砲身を交換しなくてならないという短所はありましたが、長射程、高初速の、駆逐艦に搭載された初の対空砲でした。

 これが本物の秋月です。


 で、これが艦これの秋月のフィギュアですw。青島製作所が作っているんですね。世の移り変わりを感じます。これを、1万円出しても買いたい奴がいるというのも凄いですけど。


 他の駆逐艦より、少し大人っぽいのは、秋月型が大型の駆逐艦だからでしょうか、右の太腿に付けているのは、予備の砲身ですね。まったくオタク心をくすぐる完璧な設定です。

 で、フィギュアの背中をご覧になればお分かりかと思いますが、秋月には、4連装の魚雷発射管が一基搭載されました。防空直衛艦として構想されたものの、結局は、魚雷を搭載する対空型駆逐艦として建造されたのです。防空の直衛艦という弱腰の発想では、建造の認可が下りなかったといわれています。で、形ばかりではありましたが、魚雷発射管を1基だけ搭載して、駆逐艦としての体裁を整えたようです。軍令部の艦隊戦へのこだわりは、この段階にきても、未だ解消されていませんでした。

 秋月は、最初の実戦で、米軍のB-17を撃墜するという戦果を上げます。米軍司令部は、この事態に驚き、全部隊に秋月型の艦艇には近づくな、という指令を出したと云われています。本当にこんな指令が出ていたのかを疑問視する研究家も多いのですが、まあ、エピソードしては、面白い話かなと思います。

 で、このことをもって、いかに秋月が優秀であったのかを語るオタクがいます。中学生だった僕もそうでした。最初から秋月型を量産していれば、戦争に勝てたんじゃないか、なんてねw。
 しかし、飛んでいる航空機を撃ち落とすというのは、簡単なことではありません。対空用の射撃レーダーとか、VT信管とか、高度なシステムが必要なんです。日本には、そんなものはありませんでした。いくら高性能な対空砲を持っていたとしても、人力に頼っている限り、当たればラッキー程度の代物だったんです。
 大人になった僕なら、このエピソードの本当の意味が分かります。賞賛すべきは、米軍の対応です。僅かでも問題点があれば、徹底的に分析して対策を考え、何よりその情報をいち早く末端の実戦部隊に伝えるというシステムです。だからこそ、米軍は、緒戦に負けても、次は必ず勝ちました。戦えば戦うほど強くなる軍隊でした。たった1回の、秋月の成功体験にすがり続けた日本海軍とは歴然とした差がありました。

 1944年10月、秋月は、空母「瑞鶴」を含む4隻の航空母艦からなる機動部隊を護衛して、フィリピンに向けて出撃します。瑞鶴は、真珠湾攻撃にも参加した正規空母でしたが、度重なる敗戦で、優秀な搭乗員を失い、パイロットの多くは、発艦はできても着艦ができないという有様でした。実際、空母から発艦した攻撃隊は、母艦に戻らず、そのままマニラの飛行場に向かうよう指示されていました。この名ばかりとなってしまった日本海軍最後の機動部隊の任務は、アメリカ機動部隊をおびき出すための囮でした。
 エンガノ岬沖海戦とよばれるこの戦いで、秋月は、急降下爆撃機からの直撃弾を受けて機関が損傷、その直後、搭載していた魚雷が誘爆を起こし、船体が2つに折れて沈没してしまいます。
 魚雷の誘爆の原因については、直撃弾の影響とも、味方の艦艇が放った対空砲弾の破片によるものとも云われています。
 本来、防空艦と構想されていた秋月は、雷装をする計画などありませんでした。駆逐艦としての体裁を整えるために取り付けた1基の魚雷発射管が、秋月に致命傷を与えてしまったのです。

 機動部隊には、秋月の同型艦「初月」も参加していました。初月は、沈没した瑞鶴などの乗組員の救助にあたっていましたが、来襲した米巡洋艦隊の砲撃を受け撃沈しました。乗組員全員が戦死したため、沈没時の詳細が分かったのは、戦後に米軍の報告書が公表されてからでした。報告書によると、初月は単艦で15隻からなる米艦隊に砲撃戦を挑み、2時間に渡って、艦隊を足止めしていました。米艦隊は、単艦で向かってくる初月を小型の戦艦か巡洋艦だと思っていたそうです。なぜ艦隊戦に不向きな防空艦が砲撃戦に挑んだのかについては分かりませんが、恐らく味方の艦艇を逃がすために自ら囮になったのだろうと云われています。

 この戦いで、日本海軍は、参加した4隻の航空母艦を全て失い、真珠湾攻撃で世界中を震撼させた日本海軍の機動部隊は壊滅しました。

 お終いにちょっとだけ、勇ましい話をします。太平洋戦争で旧日本海軍は、大小11隻のアメリカの航空母艦を沈めていますが、歴史上、21世紀の今日に至るまで、アメリカの空母を沈めた国は日本だけなんですよ。

 貼り付けさせていただく動画は、艦娘による「恋の2・4・11」です。艦これMMDは、食物連鎖ならぬオタク文化連鎖の頂点に君臨するものだと思います。太平洋戦争では日本を圧倒したアメリカも、この分野では、日本には遠く及ばないでしょうww。


 艦これについては、これで一区切りです。久しぶりに戦史を読み返して、勉強になりました。子どもの時には見えなかったことも、いろいろと分かりましたし。
 また、近いうちに書きたくなるかも知れません。今度は、巡洋艦がいいですかね。

 戦艦ですか?・・・ないと思います。だって、僕は、セクシーな大人の女性より、可愛いアイドルたちが好きなんですからwww

2015年10月17日土曜日

稲垣潤一WITH松浦亜弥 「あなたに逢いたくて」

 今回投稿させていただいたのは、皆さんご存じの「UNIVERSAL MUSIC JAPAN」の公式動画、稲垣潤一WITH松浦亜弥「あなたに逢いたくて」についてです。稲垣潤一氏は、たくさんの女性歌手と同様なデュエットをしていますが、松浦ファンだからという立場を差し引いたとしても、数あるなかで、このテイクが最も優れていると思いますw
 松浦さんも、このデュエットがきっかけになって、マニアックライブⅡで、「あなたに逢いたくて」をソロで披露することになりましたよね。以前にも書きましたが、松浦亜弥さんは、デュエットやユニットで歌った曲を、ソロで歌い直したがる傾向があります。今回も不完全燃焼というか、まあ、そんな感じでソロで歌いたくなったのだろうと思います。やはり、松浦亜弥さんは、根っからのソロ歌手なんでしょう。
  まずは、ライブテイクから、歌は、2分30秒からです。


 このテイクはあくまでも稲垣氏が主役ですので、一番こそ松浦亜弥さんがメインに歌っていますが、後は、サポート側になっています。それはそれで良いんですけど、Cメロの「・・・一緒に過ごした日々を・・・」は絶対松浦に歌わせるべきだったでしょう。大歌手の稲垣氏に対してこんなことを云うのは、失礼とは思いますが、Cメロの歌い方、歌の山場の作り方は、松浦の方が秀でていると思います。Cメロで盛り上げるからこそ、間奏が引き立ち、最後のサビの部分へ感動的につながっていくわけですから。
 AメロとBメロとサビは、同じではないし、2番は、1番の繰り返しではありません。Cメロは、曲のなかで唯一の部分ですから、特に意識しなくてはならないはずです。日本には、歌の上手い歌手はたくさんいるはずですが、なぜか全てを一本調子で歌ってしまう人が、あまりにも多いと思います。

 次は、公式動画からです。たいして違いはないんですけど、強いて云えば松浦亜弥さんが喋らない分大人っぽくみえるのと、稲垣氏が若干歌が上手くきこえるくらいでしょうか。松浦さんはライブの方が上手いと思いますよ。ファンであるという立場を差し引いてもそう思います。


 とは云っても、こんな機会を作ってくれた稲垣氏には、感謝しなくては、なりませんね。
 歌唱力とビジュアルの両面がここまで両立していた歌手は、「松浦亜弥」しかいなかったんだと云うことを改めて確認した次第です。
 
 願うならば、このテイクが広く国民に知れ渡って、松浦亜弥のイメージ更新につながって欲しいものです。

2015年10月15日木曜日

駆逐艦「島風」 ~孤高の最強艦~

 今回紹介させていただくのは、駆逐艦「島風」です。島風は、75,000馬力という戦艦並みの機関を持ち、最高速力は39ノット、五連装の魚雷発射管を3基備え、一度に15発の魚雷を発射できる攻撃力、まさに最強の駆逐艦として建造されました。
 これが島風です。かなりスピード出てます。


 この島風が建造された経緯を説明するためには、まず、日本海軍が開発した「酸素魚雷」について語らなくはなりません。

 当時、魚雷は艦船を攻撃する兵器としては、もっとも強力なものでした。魚雷は、爆薬にエンジンやスクリューを付けた構造をしていますが、エンジンを動かすためには、燃料と空気が必要です。そのため、海中を進む魚雷は、圧縮空気が入ったボンベを搭載していました。
 酸素魚雷は、その圧縮空気の代わりに純酸素を使うというものでした。酸素ボンベならば、大きさは、空気ボンベの5分の1で済みます。この空いたスペースに爆薬を詰めれば、強い破壊力が得られますし、燃料を詰めれば、射程距離を伸ばすことができます。また、燃焼効率も大きく上がりますから、スピードもあげることができます。さらに、敵に発見されにくいという利点もありました。
 魚雷から出る排気ガス(ほとんど窒素)は、海中で泡となり、ちょうど飛行機雲のような航跡として海面に現れます。ところが酸素だけを燃焼させれば、排気ガスは全て二酸化炭素になります。二酸化炭素は水に溶けやすいので、酸素魚雷は航跡が現れないのです。
 酸素魚雷は、このように多くの利点が得られるため、各国は争うように開発に取り組みましたが、なかなか成功しませんでした。酸素を使うと、発射したときに激しく燃焼が起こってしまい、エンジンが爆発する恐れがあります。この制御がどうしてもできなかったのです。
 ところが、日本海軍は、発射するときは、空気を使って穏やかに燃焼させ、徐々に酸素の濃度を上げていくという仕組みを考え出し、この問題を解決することに成功します。
 ついに、日本は世界で唯一の酸素魚雷保有国になったのです。

 世界中で、どこの国も持っていない、「酸素魚雷」という兵器を保有した日本は、この兵器を最大限活用する戦術を採用します。それが、重雷装艦の建造でした。高速で移動し、酸素魚雷によって敵の艦隊を攻撃する。駆逐艦「島風」は、そういう戦術のために作られた艦でした。

 しかし、太平洋戦争が始まると、戦況は日本海軍が考えていたものとは異なり、艦隊対艦隊の海戦などは、ほとんど行われませんでした。駆逐艦に求められたものは、魚雷で敵艦を攻撃する能力ではなく、航空機に対する防空能力へと変わっていました。また、島風は、高速を出すために機関が複雑になり、量産が難しいという問題も抱えていました。結局、島風の同型艦の建造は中止され、島風型の駆逐艦は、島風のみとなってしまいました。

 艦これの「島風」です。大きなウサギリボンが特徴ですね。背中にしょっているのは、5連装の魚雷発射管です。その上に乗っているのは、マスコットの「連装砲ちゃん」だそうです。
 それにしても、このミニスカート、どうにかなりませんかね。いくら何でもやり過ぎです。あと、キャラクター設定としては、足が速くて、かけっこが得意とか、一人っ子キャラだとか出ていました。まあ、そういうことになるでしょうねww

 MMD動画は、どうもカメラを動かしすぎる傾向があって、僕なんかは、目が回りそうになります。カメラワークに凝るのも良いんですが、たまにこういう風な定点カメラの動画があるとホッとしますww
  曲は、「ふわりP」氏の「ふわりクレヨン」。可愛くって、明るくって大好きな曲なんです。


 就役した島風に与えられた任務は、そのほとんどが、輸送船や戦艦などの護衛で、有名なキスカ島撤退作戦、レイテ沖海戦などに参加したものの、得意の魚雷攻撃の機会は、ついに訪れませんでした。

  そんな島風に新たな命令が下されます。それは、フィリピンのオルモック湾へ、陸軍の部隊を揚陸するための輸送船を護衛するというものでした。しかし、フィリピンの制空権は完全に米軍にあり、そのような状況下で、低速な輸送船を突入させるのは、明らかに無謀な作戦といえました。
 五隻の輸送船と五隻の駆逐艦などで編成された船団は、悪天候を利用して出発しますが、無常にも天候は回復し、オルモック湾への突入寸前に米機動部隊に発見されてしまいます。輸送船に早急に湾内に突入して揚陸作業を行うよう命令し、駆逐艦には煙幕を張らせますが、のべ347機という艦載機の猛攻撃により、輸送船は全滅、護衛の駆逐艦も次々と攻撃を受けました。

 航空機の攻撃に対して、島風は積んでいた魚雷を誘爆を防ぐために海に投棄し、狭い湾内を逃げ回ることしかできませんでした。やがて多数の至近弾と機銃掃射により、機関が故障、航行不能になります。
 島風は、第二水雷戦隊の旗艦でしたので、司令官、参謀が多数乗船していました。駆逐艦「朝霜」が救援にかけつけましたが、米軍機の攻撃のために接近できず、朝霜に対して「帰れ」の命令が出されます。
 オルモック湾に単艦残された島風は、米軍機の攻撃により爆沈。司令官以下、乗組員のほとんどが戦死しました。孤高の最強艦のあまりにも惨めな最後でした。
 輸送船団は壊滅、帰還できたのは「朝霜」1隻だけだったということです。
 
 島風は、艦これでは、かなりの人気キャラなので、MMD動画もたくさん投稿されてますけど、どうせなら、史実と思いっ切りギャップのあるテイクでお終いにしたいと思います。曲は、先ほどと同じ「ふわりP」氏の作品、摩耶と島風による「みんなで可愛くきょうもハレバレ」です。


2015年10月12日月曜日

大阪万博にリアルタイムで参戦できたという幸運

 先日、NHKの「ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅱ」の第2回目の放送を見ていたら、いきなり「時をかける少女」が出てきました。そして、以前このブログでも想いを紹介させていただいた、あの伝説の「タイムトラベラー」の映像が出てきたんですよ。動いている「島田淳子」さんを見るのは、何十年ぶりでしょうか。日本で唯一残っていたという、和歌山県の電気屋の息子が録画していた最終回のビデオテープから、NHKが修復した映像に違いありません。
  僕は、テレビ番組は録画しておいてから、後で見ているんですが、ラッキーでした。これは絶対消去しませんよ。

 で、その回のテーマが「SF」だったんですよね。番組のかなりの時間を「大阪万博」に割いていたんですけど、番組を見ていたら、過去の記憶が、まざまざと蘇ってきました。僕は、大阪万博にリアルタイムで参戦できたという幸運な少年だったんです。

 1つ目の幸運は年齢です。万博の思い出を一生の記憶に留めておけるギリギリの年齢だったことです。一緒に行った弟などは、哀れなことに、長時間行列に並ばされた記憶しかないそうですから。
 2つ目は、大阪に親類が居たことです。僕は、春休みに確か4泊5日くらいで行きましたが。当時の大阪は、万博を当て込んだ超ぼったくり状態でしたから、連泊して万博を見に行くなんて、貧しかった当時の庶民にとっては夢のような話でした。


 大阪に着くとおじちゃんが迎えに来ていました。おじちゃんは、母の従兄弟に当たる人です。腹が空いただろうとのことで、当時日本一と云われていた大阪の地下街へ連れて行かれました。地下に商店街があると云うだけで、僕にとっては既に未来世界でしたけど、そこで「ハンバーガー」なるものを食べることになりました。
 で、今で云うトッピングを注文することになったんです。おじちゃんは「ベーコン」でした。「ベーコンって何?」って母親に聞いたら、「油っぽい肉だ」って云われました。で、「お前は何にする。」って云われたんですけど、何も分からずモジモジしてたら、結局何ものっていない普通のやつになっちゃったんです。弟は、チーズとかがのっているのを注文したんですよ。食べ物の恨みは恐ろしいですね。もう45年も前なのに鮮明に覚えています。
 でも、ノーマルなハンバーガーも美味しかったですよ。初めてマクドナルドを食べたときに感動したとか云う話がありますけど、僕のファーストハンバーガーは、そんな安っぽいのじゃなくって、大阪の地下街のハンバーガーなんですからねw。

 おじちゃんの家は、阿倍野あたりにあったと記憶しています。そこから地下鉄を乗り継いで、阪急千里線の万博西口駅まで三日間通いました。僕は、分厚い万博のパビリオンの解説書をほとんど暗記するくらい熟読していました。恐らく全部のパビリオンの名前を言えたと思います。少年時代の、人生で一番記憶力のある時代、僕は、万博のパビリオンと帝国海軍の艦艇のために記憶脳を使いきっていました。
 
 子どもなりに、事前に綿密な?計画を立てていたのですが、会場に入ったとたん、圧倒的な雰囲気に飲み込まれて、そんなものは吹き飛んでしまいましたよ。
 日立館は、とにかく長時間並びました。今は、ディズニーランドなどに行っても、並ばせるための仕組みとかがありますけど、当時は、そういうノウハウがありませんから、とにかくヘビのような行列をつくって待っているしかありませんでした。世界一長いエスカレーターとかに乗ってパビリオンに入っていきましたけど、今だったら、東京駅の中央線エスカレーターの方が長いと思います。展示内容というか、アトラクションは、飛行機のシュミレーターみたいなやつでしたね。
 アメリカ館は5時間待ちとか云われてたんで、最初から諦めてました。でも、代わりに云ったソ連館は、人工衛星や宇宙船の展示があって見応えがありましたよ。もちろん日本館にも行きましたし、テーマ館の太陽の塔にも入りました。母は、念願のスイス館に行けて喜んでました。松下とか三菱とか東芝などの大企業系のパビリオンは、どこも凄く混んでいて入れませんでしたね。リコー館やコダック館とかだったらすぐ入れましたw。あと、地味な外国のパビリオンとか。
 動く歩道も乗りましたよ。ちょうど、夕方になるときで、パビリオンの照明がつき始めて綺麗だったことを思い出しました。動く歩道っていったって、横にしたエスカレーターですから、今、考えると笑ってしまいますね。
 
 どこの館に行ったか、いろいろと思い出そうとしたんですけど、実際に見た記憶と、ガイドブックで覚えた記憶がごちゃまぜになって、全部行ったことがあるような気がしちゃうんですよw。

 その後も、科学博とか、花博とか、デザイン博とか、いろんな博覧会に行きましたけど,今の博覧会って、終わったときのことを考えて、建物がプレハブ的な安っぽい作りですよね。大阪万博は,もの凄く気合いが入っていたんで、どのパビリオンも造りが凝ってました。そのかわり、解体費用がもの凄く掛かって大変だったみたいですけど。

 3日目は、エキスポランドで一日遊んでお終いになりました。

 最後の日は、おじちゃんが休みを取って、大阪見物に連れて行ってくれました。大阪城に行った記憶があります。それから、帰りに食べようと買ったお寿司が押し寿司だったことを思い出しました。何だこれって思いましたよww

 大阪万博のテーマは、「人類の進歩と調和」でした。確かにそこには、ひたすら明るい未来がありました。21世紀は素晴らしい時代になっているんだって、子ども心に信じていました。けど、直に、ドルショックとか、オイルショックとか、公害問題が出てきましたからね。大阪万博は、EXPO'70って言ってましたけど、70年代の始まりではなくって60年代の終わり、つまり、未来の始まりではなくって、夢の終わりを象徴するイベントだったんだなって思います。

 投稿する直前になって思い出しましたけど、おじちゃんの家のトイレが、当時としては極めて珍しく洋式だったんです。見るのも初めてだったんで、用が足せなくって困りましたwww