2015年8月30日日曜日

松浦亜弥 「YOKOHAMA SING A SONG」

 松浦亜弥さんのファンに成り立ての頃、この曲と「横浜ロンド」がごちゃ混ぜになっていました。地味なシングル「草原の人」のカップリング曲と、地味なアルバム「Click You Link Me」の収録曲ということで、馴染みもありませんでしたからね。
 で、「横浜ロンド」は、すぐに僕のお気に入りの1曲になりましたけど、「YOKOHAMA SING A SONG」は、その後も、何となく捉えようのないままだったんです。

 「YOKOHAMA SING A SONG」は、ミュージカル「草原の人」の劇中歌とされてますけど、その劇中歌が、シングル「草原の人」のカップリングとして発表されているということからして不思議です。「草原の人」のリリースが企画された段階で、ミュージカル化も同時に進行していたと云うことなんでしょうか。
 そもそも僕は、「YOKOHAMA SING A SONG」を、16才のアイドルに歌わせるという意図が、理解できませんでした。ミュージカルのストーリーの流れでこういう曲が必要とされていたのなら分かりますが、独立した楽曲として考えると、あまりにも不自然です。やっぱり「YOKOHAMA SING A SONG」は、ミュージカルのために制作された楽曲なんでしょう。

 ということで、まずは、2002年、あやや16歳、ミュージカル「草原の人」からのテイクです。


 やはり、「お前、何歳だよ。」と突っ込みたくなりますよね。もっとも、観客の大部分は、ミュージカルよりも、その後に行われるミニライブがお目当てだったようですけどw。

 続いては、2012年マニアックライブⅣからのテイクを貼り付けさせていただきます。このテイクで重要なのは、歌った後のMCの部分ですよね。ミュージカルについて、松浦亜弥さんが語っています。MCは4分17秒からです。
 

 最後に若干フォローを入れましたけど、相変わらずのネガティブ発言ですね。こういう発言は、部分的に活字にされたりしたら、誤解の元になりますから、気をつけた方が良いんですけど、ファンクラブイベントだという安心感が云わせるのでしょう。
 発言の内容だけを聞いていると、練習嫌いの天才肌ということなんでしょうけど、反抗期の入った天邪鬼と云えなくもありません。本番の後は誰でも褒めるものです。舞台監督さんの心中お察し致しますw

 この曲が、ライブで歌われたのは、2006 秋「進化ノ季節…」、大人の雰囲気を前面に出した演出においてでした。この時期、松浦亜弥さんは、ストリングスを入れたり、ブラスを入れたり、ちょっとエッチぽくしてみたりと、いろいろ試行錯誤していたように思いますが、「YOKOHAMA SING A SONG」を歌うには、この演出が一番合っているんでしょうね。
 では、3つめは2006年のテイクです。


 当時のコメント欄に、アイドルのライブはカラオケで十分みたいな発言もありました。ブラスの方たちは、結構有名なミュージシャンだそうですけど、この時期のアヤヲタさんたちは、「あやや」を観にくるのであって、バンドを見にきてたわけでは、ありませんからね。

 今回は、年齢の異なる3つのテイクを、貼り付けさせていただきました。大抵こういう場合、僕は、アイドル時代のテイクが一番の好みになるんですが、確かに背伸びをしているところも可愛いし、頑張ってもいますけど、「可愛い」と「似合っている」は、やっぱり別ですからね。

2015年8月27日木曜日

初音ミク 武道館ライブまで・・・あと1週間

 とんでもない記事を見つけました。当日券が即日完売したのをうけて、立ち見席を販売しているそうです。A席でさえ、どのくらい見えるのか保証できないのに、立ち見席ですよ。7000円も払って、音楽だけ聴いてろって感じでしょうか。
 でもよく考えてみれば、座席があっても、ライブが始まればみんな立ってしまうんですから同じような気もしてきました。しかも、A席と立ち見が同じ値段ってことは、逆に言えば、A席も立ち見程度にしか見えないってことでしょうか。それはそれで悲しくなってきました。
 まあ、電車賃払って、わざわざ東京まで行くんですから、立ち見で、もう一公演参戦するもアリってことかもしれませんね。

 で、新曲がなかなか覚えられません。


前衛芸術みたいな曲が多くて、おじさんには、かなりキツイんですけど・・・。

2015年8月25日火曜日

高田みづえVS二所ノ関部屋のおかみ ~38年の時を超えて~

 8月8日に高田みづえさんがNHKの「思い出のメロディー」に生出演、30年ぶりにステージに立ちました。

 僕は、迂闊にもそのことを後になって知りましたが、親切なファンの方々がYouTubeにその時の様子をアップしてくださっていたので、記念すべきステージを拝聴することができました。YouTubeに感謝ですww

 数年前からオファーを出していたとのことですが、1回限りということで、今回やっと実現したそうです。NHKも昨年の暮れに「薬師丸ひろ子」さんや「中森明菜」さんの復活ステージで話題をつくりましたんで、今回も、ということだと思いますが、もう2度と聴けないと思っていた歌声が聞けたことを、素直に喜びたいと思います。報道では、芸能界にいる娘さんのテコ入れではないかと言われてますが、歌ってくれるんだったら何でもいいですw。

 まずは、デビュー曲「硝子坂」。二所ノ関部屋のおかみさん(55才)のテイクからです。


 先日、松ヶ根部屋は、角界の超名門でありながら閉鎖されていた二所ノ関部屋の名前を引き継ぎました。関係者との調整とか大変だったようですが、そういうこともおかみさんの仕事の1つだったんでしょうね。でも凄いですね、100年以上の伝統のある、あの二所ノ関部屋のおかみさんですよ。

 続けて、紅白歌合戦初出場時、17歳のみづえさんのテイクです。モノラルの音声が2つの動画の38年という時を感じさせます。周りのお姉さんたちが凄い、全員の名前わかりますか。
 和田アキ子さんは、すぐ分かりましたね。でも初出場でこの安定感。そういえば「あやや」の紅白初出場のテイクも涙ものでしたが、才能と可能性にあふれた新人のテイクって本当にいいですよね。歌う姿だけで十分、演出なんていらないんですから。

 って、残念ながら消えてしまいましたので、別テイクです(涙)


 テレビでは30年ぶり、NHKでは31年ぶりのステージですが、相撲部屋のイベントなどでは、今までも歌っていたそうです。ただ、それはあくまでも、部屋のおかみさんとしてのことで、高田みづえではありませんでした。
 でも、僕はそうやって、頼まれれば人前で歌う彼女ってイイなって思います。力持ちが荷物運びを頼まれるように、達筆な人が看板書きを頼まれるように、彼女は自然に歌っていたんだと思います。
 彼女は「高田みづえ」を安売りはしませんでしたが、かといって、もう二度と歌わないなんて悲しい態度もとりませんでした。そういう気さくな人柄の彼女だからこそ、部屋のおかみさんを勤めることができたんだと思います。

 でも、聴きながらドキドキしちゃいましたよ。聴き手をハラハラさせるなんてプロの歌手としてはどうかってことですけど、30年ぶりなんですから仕方ありませんよね。もちろん同じように歌えないなんてことは、わかりきってました。だけど、僕が一番うれしかったのは、声質が、あの透き通った艶のある声が、予想以上に、いえ、ほとんど変わらないって云っていいくらい、健在だったってことなんです。

 続いて「私はピアノ」です。

 まずは、おかみさんから。恐らくサビの高音域のことを考えて「硝子坂」の時と同じように半音下げたようですが、その分、出だしがつらくなっちゃいましたね。テンポも速くて息をつくのも大変ですけど、声の伸びのことを考えると、あまり落とすわけにもいきませんから。


 やっぱり「私はピアノ」って難曲だったんですね。ここは、おかみさんの歌唱力云々よりも、この曲をいとも普通に歌い上げていた、みづえさんの歌唱力を称えるべきでしょう。




 前回に引き続き、このテイクを貼り付けさせて頂きました。昭和55年の字幕がありますから、20才の頃だと思いますけど、僕は、これが「高田みづえ」のベストテイクだと思っているんです。大人になった可愛らしさ、清廉さ、素直で嫌みのない歌唱、ここに「高田みづえ」の魅力が全て詰まっていると思うんです。

またまた、消えてしまいマシtので別テイクですw

 僕は、歌っている彼女を見ながら、本当に泣きそうになりました。人前に出てきて歌う以上、声が出てないとか、キーを下げているとか過去と比べて批評されることは致し方ないことです。でも僕は、そういうことを全て認めた上で、彼女を評価したいんです。
 彼女は、この30年間全く別の世界で活躍していました。この30年間は、歌に関しては、確かにブランクだったのかもしれないけど、彼女の人生の中では決してブランクなんかじゃないのですから。

 まあ、ソコソコ歌えて、視聴者の評判もマズマズとあれば、紅白のゲスト出演のオファーもなくもありませんね。そのへんは、おかみさんが周りの人たちと相談して決めるでしょうけど、僕としては、出ても良し、出なくても良しと云ったところです。
 でも、出るんだったら「そんなヒロシにだまされて」が良いですね。こっちの方が歌いやすそうだし。で、バックに二所ノ関一門の関取衆をズラッと並べて・・・って、これじゃあ披露宴の余興と同じかww

2015年8月24日月曜日

中森明菜「あなたのポートレート」VS松浦亜弥「オシャレ!」 幻のデビュー曲対決 

 中森明菜さんと松浦亜弥さん、お二人に共通な部分っていくつかあるんですけど、シングルよりアルバムが注目されたって云うのもその1つですよね。そして、中森明菜さんの「プロローグ」、松浦亜弥さんの「First Kiss」、この2つのファーストアルバムは、伝説の名盤と呼ばれています。彼女たちは、ともに、単なるアイドルでなく、歌手として大成していくことを、本人も希望していたし、周りも期待していたと思います。
 二人の間には、20年もの歳月が横たわっていますから、単純に比べられないのは、承知の上ですが、敢えて、この話題で投稿させていただくことにしました。

 中森明菜さんのデビュー曲は、「スローモーション」です。決して「少女A」でも「セカンドラブ」でもありませんよ。で、松浦亜弥さんのデビュー曲は、「ドッキドキLoveメール」です。決して「めっちゃホリデー」ではありませんw。
 
 デビュー曲に何を持ってくるのかって、戦略上とっても重要ですよね。松浦亜弥さんは、候補曲に「100回のKISS」と「オシャレ!」があったとされています。中森明菜さんは、「銀河伝説」「あなたのポートレート」「Tシャツ・サンセット」が候補だったそうです。で、それらの曲は、ともにファーストアルバムに収録されているんですよね。デビュー曲候補になるほどの良曲ですから、ボツにするには、もったいないということでしょうか。

 で、今回は、デビュー曲にならなかった曲対決ということで、まずは、中森明菜さんの「あなたのポートレート」を貼り付けさせていただきます。
 

 
 もう、バレバレでしょうから、言ってしまいますが、今回この記事を投稿させていただいたのは、この動画を見つけたからなんですよ。

残念ながら無くなってしまったので、リンクで貼り付けさせていただきます。(涙)

 「あなたのポートレート」は「スローモーション」と同じ、来生姉弟の作品です。曲調も同じような感じですし、恋の始まりというシチュエーションも同じなんで、どっちがデビュー曲になったところで、大差なかったのかもしれません。どうせ、ヒットするのは、「少女A」からですし。。。。。
 この曲、大好きだったんです。でも、なかなか聴けなくって、世間的には、全然知られてない曲だからYouTubeにアップされることもないし、アップされてもすぐ消えてなくなっちゃうし、残っているのは、変な「歌ってみた動画」ばっかりですからw。
 
 改めて聴いてみると、出だしの「ウエーブしてーる」の高音域がなんとも可愛いことに気づきました。あんまり完璧に歌われちゃうと萌えられないんで、この歌い方が計算された演出ならば、お恐れいりましたってところです。

 でも、16歳のアイドルのデビューアルバムの1曲目がこれなんですから、僕が一発でハマってしまったのも、我ながら納得というテイクです。

 では、続いて、松浦亜弥さんのデビュー候補曲だった「オシャレ!」です。

video

 同じ16歳ということで、サマーライブのテイクを貼り付けさせていただきました。
 こっちが、デビュー曲だったら、どうだったんでしょうか。「オシャレ!」は、アルバムの中でも人気曲ですから、楽曲の出来は申し分ないと思いますが、やっぱり、アイドルのデビュー曲としては、ちょっと変化球かなって気がします。まあ、どっちにしても、つんく♂曲ですから、大差なかったのかもしれませんけど。

 中森明菜さんの「スローモーション」は、オリコン30位、しかし、この最高位は、発売から3ヶ月後のことです。その後、「少女A」「セカンドラブ」とヒットが続きますが、「セカンドラブ」のリリースは、11月に入ってからで、結局、明菜さんは、デビューした1982年の紅白には出場していません。意外とスロースターターだったんですね。

 明菜さんは、候補曲の中では「銀河伝説」がお気に入りだったそうです。銀河伝説は、一言で云うと「山口百恵」っぽい曲です。デビュー時の彼女が、山口百恵を意識していたのは確かだと思います。「DESIRE」や「飾りじゃないのよ涙は」も、どことなく山口百恵っぽいことを考えると、明菜さんは、歌いたい曲がヒットしていたと云えます。やっぱり歌手中森明菜は、恵まれていたと思います。

 亜弥さんは、デビュー曲としては、「100回のKISS」を意識していたようです。彼女がこの曲に特別な想いを抱いていることは確かです。
 この曲は4枚目のシングルになりました。前作「Love涙色」で手応えを摑んでいた彼女は、この曲も売れると思っていたに違いありません。が、売れたのは、「100KISS」ではなく「桃色片想い」でした。
 歌いたい曲と売れる曲が違うというジレンマを、彼女はデビュー1年目から抱えることになりました。このことが、この後の、歌手松浦亜弥の迷走につながっていったと僕は思います。
 でも、僕は、「あやや」が誰を意識していたかがよく分かりません。強いて云えば「美空ひばり」かなって思いますけど、あり得ませんかね。彼女が本当に歌いたかった曲って何だったんでしょう。


 そうでした、二人に共通することで、一番大切なこと言い忘れてました。二人とも歌うことが大好きだったと云うことです。歌うことに誇りを持っていたと云うことです。この記事は、僕の妄想に過ぎないかも知れませんけど、これだけは確かだと信じています。

2015年8月22日土曜日

サンダーバード ~込められた平和への願い~

 今秋、サンダーバードの誕生50周年を記念して、新シリーズが放送されます。CGと実写モデルを融合させ、旧作のファンも納得の映像らしいです。新型機のメカニックデザインは、なんと河森正治氏が手がけたそうですが、残念ながらロボットには変形しないとのことでしたw

 先日、予告番組を見ましたけど、サンダーバードのファンていうのは、「第一作至上主義者」の集まりですから、劇場版や実写版に引き続いて、今回のリブート版も多くの批判を受けるのは致し方ないところと思われます。
 ただ、今回ありがたいのは、関連番組として、NHKが初代サンダーバードを何作か再放送してくれることです。早速、視聴させていただきました。

 「サンダーバード」は、1965年にイギリスで制作された特撮番組で、日本では1966年に放送されました。
 
 僕は、小さかった頃、此所よりもっと田舎の町で暮らしていたんですが、そこにプラモデル屋が1軒ありました。今で云うホビーショップですよね。で、店の棚の上に、サンダーバードの秘密基地の電動プラモデルが置かれていたんですよ。すごーっく大きな箱で、その威厳たるや、親にねだるどころか、値段を聞くのさえはばかる程でした。
 
 ネット上にも、この秘密基地にまつわる昔話がたくさん出ていますが、どの店でも、棚の上に置かれてたみたいです。まあ、あんな大きい箱を置ける場所なんてそこしかなかったんでしょう。だから、当時の日本中の子どもたちは、みんなしてプラモデル屋の天井を見上げていたってことになります。
 で、調べてみましたら、価格は、2,200円だったそうです。当時の駄菓子の値段から考えますと、今だと1万円くらいでしょうか。1万円のおもちゃなんて、今ならば簡単に買ってもらえそうですが、あの頃の日本って、やっぱり貧しかったんですよね。
 これ、これ、これです。


 「えーーーーっ?」こんな、ちゃっちい代物だったんですか。とっても残念な気分ですw

 サンダーバードの人形は、声優の音声信号と同期させて人形の唇を動かす「リップ・シンクロ・システム」という装置を頭部に内蔵していたそうです。初音ミクでも歌と唇の動きを合わせる「リップ・モーション」というのは重要な技術ですが、50年も前にこのような技術が確立されていたとは驚きました。「スーパーマリオネーション」恐るべしですね。

 では、日本で最も人気の高かった、そして僕も大好きだったサンダーバード2号の出発シーンです。


 改めてみると、すごい牧歌的な雰囲気ですね。救助を待っている人がいるのに、「いまから行くから、ちょっと待ってろしっ」っていう感じです。地元の消防団だってもっと早く出動できると思います。たぶん、今と50年前とでは、時間の進み方が違っていたんでしょう。

 ウィキペディアからの引用です。よくまとめてあるので、そのままいただきますね。

 「人形劇でありながら、その模型のリアルさ、質感の充実、子供でも理解できる単純なストーリー、「人命救助」というスリリングかつ前向きで健全なイメージ、これら全てが明確な世界観を提示して大好評を博した。ロケット噴射の描写などの特撮技術も優れており、その後の特撮作品への多大な影響を及ぼした。登場するメカもデザイン的に極めて斬新かつ洗練されていた。音楽もオーケストラサウンドを基本に、質が高く映像にマッチしたものだった。」

 最高の賛辞が並んでいますね。きっと熱烈なファンによるものでしょう。でも、僕も同意見です。

 では、サンダーバードに明らかに影響された日本の特撮シーンを紹介させていただきます。まずは、1967年の「ウルトラセブン」。地球防衛軍の秘密基地からウルトラホーク1号が発進するシーンです。


 スクランブル発進って、命令を受けてから何秒で出発できるかが勝負だと思うのですか、牧歌的雰囲気を確実に継承しているのが分かります。

 続いて、1968年の「マイティジャック」です。主演は二谷英明さん、音楽は、なんと冨田勲先生です。円谷プロの、納得できる作品を作るためなら会社が傾いても構わない、という信念が伝わってきます。


 謎の組織相手に容赦ありませんね。無敵戦艦1隻あれば、戦いに勝てるという、戦艦大和→マイティジャック→宇宙戦艦ヤマトと続く、日本人独特の思想が表れてます。

 2004年にハリウッドで実写版サンダーバードが制作されました。僕は、字幕版を見たんですけど、吹き替え版は、「V6」がやってました。
 で、アメリカ人って、常に自分たちが正しいって思っているんで、勝手に自分たちの嗜好に合わせて変えちゃうでしょ。まあ、秘密基地の描写とかは、さすが実写版って感じでしたし、ハリウッド版「ゴジラ」と比べれば、まだ良い方でしたけど。ただ、2号の扱いは許せませんね。あれじゃあ、ただのコンテナ機ですよ。

 さて、先日「ジェットモグラ号の活躍」を見たんですけど、大人になってみると、子どもの時には分からなかったことが、いろいろと見えてきたんですよ。

 1965年って、第二次世界大戦からまだ20年しかたってない頃です。制作者のジェリー・アンダーソンは、自身も従軍経験がありますし、戦争で兄を亡くしています。そしてロンドンは、ドイツ軍の最新兵器V2ロケットによって無差別爆撃をされたところでもあります。
 そういう背景を考えた時に、僕は、「国際救助隊」って、戦争のアンチテーゼに思えてきたんです。戦争って、国家と国家が、科学技術を利用した兵器を使って人を殺し合うわけですよね。でも「国際救助隊」は、国籍関係なく、科学技術を駆使した機材で人命を救助するんです。科学技術は、人を救うために使われるべきっていう思想が作品の底流にあると思うんです。科学技術の粋を結集しているが決して兵器ではない。そして誰も殺さないという理念があると思うんです。
 
 そう考えると、この作品のもつ反戦性が見えてきます。「ジェットモグラ号の活躍」は、第2話になるそうですけど、ストーリーは、アメリカ陸軍の新型装甲車が実験中に遭難するというものです。で、大きな穴に落ちるんですけど、それが、昔、陸軍が不要になった兵器を処分して埋めていた穴なんです。これって、凄いメッセージですよね。冷戦を背景に軍拡競争に邁進するアメリカに対する皮肉ともいえるストーリーだと思います。

 サンダーバードは、アメリカのメディアには、受け入れられませんでした。原因として、子ども番組に合わない50分という放送時間や高すぎた放送権料があげられていますが、僕は、この作品が持つ、反戦性がアメリカに嫌われたんではないかと思うんです。

 でも、その後の特撮作品、SF作品は、正義をかざして悪を撃つものばかりになってしまいました。再び、科学技術は最新兵器となり、敵を攻撃するために使われました。
  しかし、国際救助の理念は、現在「国際援助隊」などのかたちとなって少しずつ現実のものになってきています。

 「国際救助隊」は、世界平和など夢物語だと承知していながらも、本気でそれを願っていた1960年代という時代が生んだ物語でした。そしてそれは、決して当時のアメリカ人には創ることのできない物語だったのではないでしょうか。

 そうそう、秘密基地は無理でしたけど、僕もサンダーバードのおもちゃを買ってもらいました。もちろん2号ですよ。何でアメリカ人は、この格好良さが分からないんだろう。

2015年8月20日木曜日

「ほんとはね。」より子&松浦亜弥  ~アイドルが演じたシンガーソングライター~ 

 「より子。天使の歌声 小児病棟の奇跡」は、2002年8月に放映された、シンガーソングライター「より子」さんの少女時代を描いたスペシャルドラマです。そこで、主人公の「小笠原より子」を演じたのが、「あやや」こと松浦亜弥でした。あややは、当時16歳、「Yeah! めっちゃホリディ」をリリースした直後、アイドル歌手として人気絶頂期でした。
 このドラマは、小説や事実とは異なる部分も多いとされていますが、ドラマ自体のできは、良かったようです。「あやや」にとっては、「アイドル」を演じるのも「より子」を演じるのも同じ様なものだったのかもしれません。

 自伝本の出版、ドラマ化、CDのリリースという一連の流れは全てフジテレビ系列の事業体によって行われていますので、「より子」さんの歌手デビューにあたっては、かなり力を入れ込んでいたようです。
 
 「ほんとはね。」は劇中で歌われました。より子さんが16歳の時の作品で、それまでゲーム音楽を中心に作曲していた彼女が、初めて作った歌詞付きの楽曲とされています。
 動画は、ドラマのラストシーンです。前半が「あやや」後半が「より子」さんが歌うという演出になっています。


 僕は、このテイクを初めて聴いたときは、後半の「より子」さんの方が圧倒的に訴えるものがあると感じました。まあ、当然と云えば当然のことですよね。
 ただ、最後でご当人が登場という演出は珍しくありませんが、歌で繋いだというのは、あまり記憶にありません。で、何でこんなことが違和感なくできたのかって考えたんですけど、それって、「あやや」が歌の場面であっても「より子」を演じきったからだと思うんです。
 演じるというのは、モノマネとは異なります。もし、あややがこの場面でモノマネをしたら、もっとわざとらしくなったはずです。「あやや」は演じるにあたって、「より子」さんの歌を聴いたことは間違いないと思います。演じている限り本物に敵うはずはありません。しかし、ご当人に歌で違和感なく繋ぐことができるという「あやや」の才能を考えたときに、もしかしたらこれは凄いことなんじゃないかって、改めて考えさせられた次第です。

 さて、演じられた側の「より子」さんは、どうだったでしょうか。2人が十も二十も歳が離れていれば、どうということはないと思いますが、彼女たちは僅か2才違いの同世代なんですよね。このドラマが放送されたとき、より子さんは、まだ18才です。病気であること、荒んだ生活をしていたこと、ほとんど学校へも行けず引きこもりの生活をしていたこと、自分の前半生がドラマ化され、その自分を、たいして年齢の違わないアイドルが演じる。どんな心境だったのでしょうか。大きなお世話とは分かっていますが興味のあるところです。

  現在「より子」さんは、31才。療養生活を挟みながらも、根強いファンを持ち、精力的に活動を続けていらっしゃいます。貼り付けさせていいただくテイクは、「ほんとはね。2014version」です。失礼な例えですけど、どことなく宇多田ヒカルと倉木麻衣を合わせたような雰囲気を感じました。
 

こんな記事もありました。出張ライブなどにも取り組んでいらっしゃるようです。


 デビュー時の「奇跡の歌声」というキャッチフレーズから受けるイメージとは、また違った魅力を感じます。地に足を着けた活動を続けている「より子」さんですが、ホームページに体調不良によるライブツアー中止の告知が出ていました。

 9月2日発売のディズニーナンバーのカバーアルバムだそうです。2才の時、闘病生活で与えられた、ディズニーのカセットテープとおもちゃのピアノが彼女の音楽人生の始まりだったそうですから、原点に帰った取り組みとも云えます。


 「ライブの再開を心から願っています。」

 彼女のファンでもない僕が云うのもどうかと思ったんですが、彼女の復帰を待ち望んでいるファンの心情を思うと、やはりこの言葉で終わりたいと思います。待つ身の寂しさは、僕も分かりますんで。

2015年8月19日水曜日

「なごり雪」 松浦亜弥VSイルカさん

 今回、投稿させていただくのは、松浦亜弥さんが2004年にカバーした「なごり雪」についてです。このカバーは、「FS5:卒業」に収録されていますが、YouTubeの動画は、なんと視聴回数100万回を越えています。僕がファンになったときには、すでに視聴回数は50万を越えていて、数ある動画の中でも突出して多かった記憶があります。検索結果と再生の循環が上手くかみ合っていたんでしょうか。
 歌の方は、松浦亜弥さんとしては、特別素晴らしいテイクとも思えないんですけど。高評価率はかなり高くて、他のアーティストさんのカバーと比べても、評判は良いようです。

 松浦亜弥さんは、それ以前の「FOLK SONGS 2」にも参加していて、こちらでは、「ひこうき雲」「神田川」「長い間」そして前回投稿させていただいた「さとうきび畑」を担当していますね。僕的には、余計な感情など出さず(出せず)に、淡々と丁寧に歌っている、「2」の方が好みなんですが。

 では、100万回越えの歌唱を貼り付けさせていただきますが、この曲って、ライブで歌ったことってあるんでしょうか。


 「なごり雪」は、当時「かぐや姫」のメンバーであった「伊勢正三」氏の作品です。程なくして、かぐや姫は解散してしまいますが、その後、かぐや姫のアルバムの中に入っていたこの曲を「イルカ」さんがカバー、シングルカットして発表しました。イルカさんが歌うことになったのは、かぐや姫の楽曲としてすでに発表したものを、解散後に自分(風)の楽曲としてシングルカットすることに伊勢氏が難色を示したからだと云われています。
 僕は、そんな経緯は知る由もなく、しかも、かぐや姫の方を先に聴いてしまってたので、イルカさんのカバーに対しては反発を覚えたものでした。まあ、反抗期だったんでww
 
 その後、いろいろな人がカバーしましたけど、結局、イルカさんのカバーが一番売れたし、評価も高かったようです。なごり雪は「男歌」ですけど、イルカさんが広く受け入れられたのは、彼女が女子力で勝負するタイプでなかったからだと思います。

 ところで、「なごり雪」って伊勢正三氏の造語だそうですけど、ご存じでしたか。
  僭越ながら「なごり雪」を解説させていただきますと「3月の卒業式の頃に首都圏に降る雪を表す。雪の季節の終わりを表すとともに、別れを惜しむ「名残惜しい」との掛詞でもある。同名の歌のヒットにより、広く知られることとなり、2013年に日本気象協会が選定した「季節のことば36選」で、3月のことばの一つに選ばれた。」って、こんな感じでいかがでしょうか。

 ここで御本家のテイクをと思ったんですけど、伊勢氏は、声帯を痛められた影響か、近年、歌い方がかなりイヤラしくなってしまい、ちょっと幻滅気味(ファンの方ゴメンナサイ)なんで、やっぱりイルカさんのテイクを貼り付けさせていただきます。


 伊勢正三氏のもう一つの傑作「22歳の別れ」が「なごり雪」と対になっているのは、有名な話ですね。全く同じシチュエーションで、この両曲に出てくる登場人物は、同一だと言われています。でも、当時は、圧倒的に「22歳の別れ」の方が売れたようです。
 
 先程、伊勢氏に対して大変失礼な物言いをいたしましたので、このテイクを貼り付けさせていただくことによってお詫びとさせていただきます。


 これこれ、このスリーフィンガーですよ。以前NSPの記事で、中学生の時に組んだバンドの話をさせていただきましたけど、当時は、この曲をやるために集まったっていう感じだったんですよ。
 
 何の記事かわからくなくなっちゃいましたね。ここで、「22歳の別れ」を松浦さんかカバーしてくれてたら、最高の終わり方だったんですけど・・・・・w

2015年8月17日月曜日

「さとうきび畑」松浦亜弥 ~意外と貴重なフルコーラス~

 「さとうきび畑」は、1964年に作曲家の寺島尚彦氏が本土復帰前の沖縄を訪れ、摩文仁の丘などを訪問した際に着想した歌と言われています。曲そのものは、1967年ころには、できていたようですけど、広く知られたのは、1975年にNHKの「みんなのうた」で放送された頃からのようです。
 僕は、いつの間にか知っていたという感じなので、このへんのことは、よく分かりません。っていうか、そもそも、森山良子さんのオリジナルだと勘違いしていたくらいですから。

 では、松浦亜弥さんの「さとうきび畑」を貼り付けさせていただきます。2008年8月8日「お台場冒険王」のライブ。当時のセットリストによると、このライブで松浦さんは11曲ほど歌っています。「暑くってぼーっとしていた。」とか「虫が飛んできて嫌だった。」とか、このライブに関しては、ネガティブな発言ばかりの松浦さんですが、なかなかのパフォーマンスだったのではないでしょうか。


 改めて聴くと長いですねw。11番まであります。でも、ちゃんと11番まで通して歌っている動画ってかなり貴重なんだそうですよ。
 この曲が、「みんなのうた」で紹介されたとき、1975年の「ちあきなおみ」さんは、「2・3・11」番のみ、1997年の「森山良子」さんでも「1・2・3・8・11」番を歌っただけで、あとは割愛していたそうです。まあ、テレビは、放送時間が常に制約されてますから、どんな曲でもフルコーラスで歌うことなんてほとんどないですけどね。

 で、変な話ですけど、僕は、「昔、海の向こうからいくさがやってきた」という歌詞を聴いて、「薩摩藩による琉球侵略」の歌だと思ったんですよ。そしたら「いくさ」というのは、沖縄地方では、戦争全般を指す言葉として、今でも使っているそうです。
 でも、言い訳になってしまいますけど、1967年の時点で、太平洋戦争の沖縄戦を「昔、海の向こうから戦がやってきた」なんて言い表しますかね。当時の沖縄は、ドル紙幣を使い、車は、右側通行をしていたんですよ。甲子園の土だって、検疫にひっかかって持ち帰れなかったんですから。

 この曲では、風がさとうきび畑をゆらす「ざわわ」という音が、重要な役割を持っています。ところが、沖縄の人で「さとうきび畑」から戦争を連想する人はいないと云いますし、そもそも、沖縄でさとうきび作りが盛んになったのは戦後しばらくたってからのことで、戦争の前後には、沖縄には、さとうきび畑などなかったという話もあります。
 「さとうきび畑」は、名曲には、違いありませんが、結局は、内地の人間が作った曲なんですよね。

 とは云っても、「ざわわ」がこの曲をこの曲たらしめているのは確かです。でも・・・多すぎます。全部で66回出てくるそうです。それだけならまだしも、「広いさとうきび畑」「風が通りぬけるだけ」「夏の陽ざしのなかで」も繰り返し出てきます。それがこの歌を不必要に長くしています。歌の内容を理解するために、繰り返し出てくる言葉を省略してまとめてみました。2ちゃんねるのまとめサイトみたいですけどw

1  ざわわ ざわわ ざわわ  広いさとうきび畑は
    ざわわ ざわわ ざわわ    風が通りぬけるだけ
    今日もみわたすかぎりに     緑の波がうねる
    夏の陽ざしのなかで                          

2  むかし海の向こうから   いくさがやってきた          
3  あの日鉄の雨にうたれ    父は死んでいった
4 そして私の生まれた日に  いくさの終わりがきた
5 風の音にとぎれて消える  母の子守の唄
6  知らないはずの父の手に  だかれた夢を見た
7 父の声をさがしながら    たどる畑の道
8  お父さんて呼んでみたい  お父さんどこにいるの          
   このまま緑の波に        おぼれてしまいそう              
9  今日もみわたすかぎりに  緑の波がうねる
10  忘れられない悲しみが   波のように押し寄せる
   風よ悲しみの歌を        海に返してほしい
11  風に涙はかわいても      この悲しみは消えない
  
 1番あたり7節でできていますが、そのうち5節は繰り返しです。11番まであるとは云っても、結局内容はこれだけです。繰り返しの表現がなければ、3番+Cメロで内容は伝えられそうです。

 もちろん、繰り返しでてくる「ざわわ」が重要なのは、分かります。でもそのために常に省略されて、通して歌われることがないのだとしたら、どっちが良いことなのかって考えてしまいました。

 8番が4節あるのは、Cメロの部分を含んでいるからです。つまりこの歌の聴かせどころ、泣かせどころになります。松浦さんのCメロの歌い方は絶品ですが、このテイクに関してもバッチリです。ただ、ここまで飽きずに聞き続けていられるかってことですね。

  最後に、これも評判の高い「夏川りみ」さんのバージョンです。「3・6・8・11」番を歌っています。


 上手いこと選びましたね。特に2番を飛ばしたのは、良いと思いますよ。

 あれから70年、沖縄戦は、「昔、海の向こうからやってきた戦」になりつつあるんでしょうか。

2015年8月13日木曜日

初音ミク・上海ライブ「月西江」~ミクは日中の架け橋となるか~

 今回取り上げるのは、6月の27日・28日に開催された初音ミクの上海ライブについてなんです。日中両国で互いへの感情が悪くなりがちな8月のこの時期に、こんな記事はどうかとも思ったんですけど、先日、上海ライブの様子がYouTubeにアップされたものですから・・・。

 上海ライブって松浦亜弥さんもやりましたよね。この2つのライブ動画を見比べて僕が一番変わったなと思ったのは、誰もライブ中に録画をしていないと云うことなんです。アメリカのライブだって、堂々とスマホとか掲げてる奴がいるのに、中国のファンはスマホじゃなくって、ちゃんとキンブレ振ってるんですよw。
 ただ、振ってるキンブレがどうも高輝度タイプらしくって、スクリーンへの映り込みがハンパないですけどww

 で、上海まで出かけていった日本のファンによると、現地のファンは、マナーも良くって、日本人だと分かるといろいろ親切にしてくれて、逆に戸惑ってしまったとのことでした。
 最近の中国の若者たちの間では、日本人のマナーを真似ることが格好いいとされているそうです。そう云われると悪い気はしませんが、だとすると僕らもしっかりしなくてはなりませんね。

 まあ、初音ミクのファンなんて、中国では珍しい存在でしょうし、そもそもS席3万円、ダフ屋で11万円もするライブに参戦できる人たちですから、このことをもって、中国が変わってきているなんて云えないと思いますけど、なかにはそういう奴らもいるんだなって考えた次第です。

 ただ、このライブで「千本桜」をセットリストから外したという事実を忘れてはいけませんね。僕らは、まだまだ微妙な関係にあるということを、心しておかなくてはいけません。

 で、「月西江」の話です。

 この曲、上海ライブのアンコール曲なんです。どんなライブでも、ファンサービスとして、ご当地の有名な曲をセットリストの中に組み込んだりしますよね。でも、この「月西江」は、歴としたミクのオリジナル曲なんですよ。作成したのは、中国桂林出身のボカロP「solpie」氏。発表したのは2010年、彼が20歳の時とのことです。楽曲そのものは、その数年前からできていて、手を入れながらずっと温めていたみたいです。

 遠く離れた初恋の人を慕う歌だそうです。まあ、聴いてみて下さい。

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 ね、キンブレの映り込み凄いでしょw。
 でも、古典的な中国歌謡であるのにも関わらず、どこか懐かしさを感じてしまうんですよね。直訳文を読みながら聴いていると、切なくって泣きそうにすらなります。
 
 直前のミクのMCは、「頑張って中国語で歌うから聴いてね♡」みたいな感じで、一緒に歌ってとは言わなかったそうですけど、いきなりの大合唱で、その場にいた日本のファンもかなり驚いたようです。で、ちょっとオチがあるんですけど、このライブのためにと「solpie」氏が歌詞に加筆をしていたらしくて、途中からみんな歌えなくなっちゃったとか・・・w。
 
 中国歌謡は、透き通るような高音が特徴ですから、ミクの声質に合っているみたいです。しかし、ミクは中国語に対応してませんから、当然、カタカナ中国語で歌わせることになります。氏によると、不自然にならないように、日本語にない発音をできるだけ使わないようにして歌詞を考えているとのことでした。

 しかし、この楽曲には、忘れてはならない過去があります。47newsに「共同通信(2010年5月14日)」からの引用記事がありました。少し長いですけど再引用させていただきます。


                ~初音ミクの中国語曲消える 動画サイト「荒らし」で~

 歌声合成ソフト「初音ミク」を使って制作された中国語の曲が、インターネットの動画投稿サイト「ニコニコ動画」で「荒らし」と呼ばれる、中傷書き込みを受け、作者の中国の若者が曲と画像をサイトから削除していたことが14日、分かった。「中国人死ね」などの中傷があったとされる。
 この曲は8日に投稿された「月・西江」。作者は中国広西チワン族自治区の20歳の男子学生。古風で静かなメロディーや、日本語用ソフトである初音ミクに中国語で歌わせる技量が注目され、再生回数は6千回を超えた。
 しかし12日までに削除され、投稿者はサイトの説明文に「ご応援、ありがとう。でもこの動画のせいでみなさんが仲良くなれないより、消したほうがいいと思っている」と日本語で記した。
 サイトに残されたコメントによると、「中国人死ね」などの書き込みがあったという。一方で「心無い発言で、そいつらに代わって謝る」などと、荒らしを批判する書き込みも多い。(引用ここまで)
                   

 まあ、「炎上は、台湾人と中国人の罵りあいがきっかけ。」という話もありますし、ヲタク的ツッコミとしては、「ニコニコ」に投稿する時点で、このような事態は想定済みでなくてはおかしいと思います。彼に対する「割れ厨・認定」つまり、「中国人だからどうせ海賊版のソフトで作ったんだろう。」という中傷が炎上に油を注ぐことになったようです。
 さらに、「ニコニコ」では、良い悪いは別として、この程度の誹謗中傷は日常茶飯事なのにもかかわらず、この件に限ってネットニュースに取り上げられたことで、イジメた側としては、「ちょっとからかったら、いきなり先生が出てきた。」みたいな不満もあったみたいですね。

 しかし、彼が4日で削除したことは、結果的に助かったと思いますよ。騒ぎが長引いて反日活動にでも利用されたりしたら、誰も得をしませんからね。
                                                            
 「月西江」は、再び「ニコニコ」に投稿されることはありませんでしたけど、YouTubeで見ることができますし、iTuneで購入することもできます。また、solpie氏は、その後も別の楽曲を精力的にアップしていますから、この騒ぎは何だったんだって感じですね。

 日本語バージョンです。いくつかあるようですけど、訳詞がオリジナルに近いのと、なによりミクが歌っているので、こちらを貼り付けさせていただくことにしました。


 訳詞というのは、直訳と意訳のバランス、歌いやすさなどを考慮する必要があるんで難しいですよね。特に日本語は、一曲に入れることができる語数が極端に少ないので直訳では歌いきれませんし。でも、あと少し手を入れると、もっと良くなりそうな気がします。
 やはり、この曲を広く知ってもらうには、邦題を付けて日本語で歌えるようにしたいです。同じ曲をそれぞれが自分たちの言葉で歌うことで、真に想いを共有することができるし、それって本当に素敵なことだと思うんですよ。

 47NEWSより、solpie氏へのインタビュー記事です。


 今では、日中友好なんて完全に陳腐な言葉になってしまいました。少なくとも僕が生きている間に進展などなさそうです。 
 でも、この「月西江」を聴いていると、聴いている数分間だけですけど、「もしかしたら、僕らは、わかり合えるんじゃないか。」なんて夢を見ることができるんですよ。だって、僕らは、共に、月を愛で、桜を愛で、紅葉を愛でる民族じゃあないですか。

 いいえ、本当はずっと昔から、わかり合えては、いるんですよね。日本人の心と中国人の心に共通項があることは、紛れもない事実なんですから。

2015年8月12日水曜日

初音ミク「千本桜」 ~押しも押されもせぬ代表曲・・ですよね~

 「千本桜」を一躍有名にしたCMです。但し、有名になったのはあくまでも楽曲の方で、「初音ミク」の知名度向上には、あまり貢献しなかったようです。この曲が、ミクの持ち歌であることを知らない人も多いようですし、そればかりか、純粋なピアノ曲だと思っている人もいるみたいですからw。


 とは云っても、「千本桜」は、「Tell Your World」と並んで、ミクの最も知られている楽曲であることは間違いありません。僕も、ひょんなことから初音ミクのファンであることがバレてしまうときがあるんですけど「じゃあ千本桜とか聴いてるんですか。」って必ず聞かれるんですよ。あまりイメージが固定化してしまうのも困りますよね。このへんは、松浦亜弥さんの「めっちゃホリデー」と似たところがありますので、松浦ファンの皆さんなら、この気持ち理解していただけることと思います。

 この曲の最大の特徴は、その「歌ってみた動画」「演奏してみた動画」の多さです。人間がボーカロイドの曲をこれだけ横取りしているということは、やはり「千本桜」はインパクトのある楽曲だということなんでしょう。

 で、この曲の歌詞なんですけど、僕には、聞こえの格好いい単語を並べただけ、何を言いたいのかよく分かりませんw。
 まあ、歌詞の意味がよく分からないから格好良く思える、ってこともあるかもしれませんね。僕らも中高生のとき、洋楽を喜んで聴いてましたけど、英語の歌詞の意味なんて全然分からなかったし、逆に分かっていたら「なーんだ」てことになってたかもしれませんからw

 ところが中国では、この歌詞や、PVの軍服姿のミクを深読みして、炎上騒ぎになったことがあるそうです。先日おこなわれた、初音ミクの上海ライブでは、セットリストから「千本桜」が外されていましたが、このことが影響していると考えられます。

 では、中国で炎上騒ぎになった動画ですw


 もともと、深読みする価値があるとも思えない歌詞ですし、軍服姿も、軍国主義というよりは、大正ロマン風。日本人にしてみれば、何でこれが、軍国主義復活と結びついたのか理解不能なんですが、こんなブログ記事がありました。


 「千本桜のPVは、所々で出る漢字「だけ」は中国人にも分かりますし、旧日本軍っぽい装いや日章旗などの旧日本軍を連想させる絵が拒否感を呼び起こしているようです。」とのことです。

 「PVの漢字だけは読める中国人」という分析は面白いですねw。中途半端に読解できる分、誤った解釈をされる可能性があるってことでしょうか。まあ、歌詞の意味の読解に関しては、僕も中国人も大差ないようです。

 もともとパロディーというのは、ウケるか不愉快にさせるか紙一重なところがありますし、理解できない人には、どんなに説明しても無理なこと。まあ、相手が嫌がっていることを、あえてすることもありませんから、上海ライブで「千本桜」をセットリストから外したのは、賢明な判断だったと云えるでしょう。

 あと、炎上騒ぎといえば、「千本桜」をAKB48がミュージカル化するということで、初音ミクファンとAKBファンの間で、論争があったそうですけど、こっちは、炎上商法のお手本ってことでしょうから、取り上げるまでもありませんねwww

 ボカロがブームだった頃、ボカロ人気にあやかろうといろいろな企画が出てきました。「千本桜」使えばウケるだろうって安易な発想は、どうかなと思っていたんですけど、「和楽器バンド」とか結構売れてるみたいで、武道館ライブの告知とか出てましたし・・・、まあ、天下の「TOYOTA」までもがあやかりに来たんですから、やっぱり「千本桜」って名曲なのかなぁ。

2015年8月8日土曜日

初音ミク「武道館ライブ」への道

 8月1日に初音ミク「マジカルミライ2015 武道館」のチケット一般販売が始まりました。一般販売の枠がどのくらいあるのか知りませんけど、電話もネットも繋がるわけないし、どうせ繋がった瞬間にソールドアウトでしょうから、実質的には、僕の闘いは終わっていたんです。
 2日間で3公演、片っ端から抽選に申し込みました。ロボットアニメで云うところの「ミサイル全弾発射」なんですけど、戦果は、芳しくありませんでした。

 初音ミクってファンクラブがないんで、チケット争奪戦は、FC先行予約なしのノーハンデ、横一列で「よーいドン」なんです。でも、昨年のライブが思ったより簡単に手に入ったんで舐めてましたw

 結局、命中したのは1発だけ。それも一番末席のA席でした。チケット代は、アリーナ9000円に対して、A席は、7000円です。
 普通、アイドルのライブって全席指定の一律料金ですよね。で、どんな席が割り当てられるかは、お楽しみって感じで。でも、ミクでそれをやると暴動が起きかねません。だって、前と後ろ、正面と横では、全然見え方が違うし、アイドルが花道を通って後ろの方までやってくるってことなんて100%ないんですからw。だからこそ、料金に差を付けているんですけど、実際のA席って、2000円の差以上、無料開放したってイイくらいの糞席なんですよ。まあ、全弾ミスってしまうよりはマシなんで、雰囲気だけでも味わってこようと思いますw。

 では、「マジカルミライ2015」のテーマソング「Hand in Hand」貼り付けさせていただきます。


 そう云えば、2004年の「あやや」の代々木ライブですけど、当時のライブレポートによると、3階席は空席もあったらしいんですけど、アリーナは、ヤフオクで数万円の値が付いていたそうです。やっぱ、ライブはアリーナ席なんですかね(涙)。

2015年8月7日金曜日

亜弥VSあやや 「ドッキドキ!LOVEメール」 ~あなたはどっち?~

 第何弾か忘れてしまいましたけど、しつこく「亜弥VSあやや」ですw

 早速、先手は、「シンガー松浦亜弥」。2008年の名ライブ「AYA the Witch」からです。


 アイドルソングとしてのノリは、そのままに、見事に歌い換えていますよね。このテイクもそうですし、聖子ちゃんの動画などもそうなんですけど、大人になったからってアイドルソングが似合わなくなるなんてことは、ありませんよね。魅せる、聴かせる手段はいくらでもありますから。結局は、本人の気持ち次第ということでしょうか。

 では、後手、「アイドルあやや」です。伝説の2002年サマーライブからのテイクです。

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 いいですね。いつまでも見ていたいです。慣れたステージングとはいえ、野外ライブでこれだけのパフォーマンスは、簡単にできるものでは、ありません。
 何度でも云います。いつまでも見ていたいです。過去厨と言われても全然構いませんw

 並べてみて、改めて分かったんですけど、6年経っても、アヤヲタの皆さんが全然進化していないんですよねw

 で、亜弥VSあややのプレイリストをチャンネルに置いて、一年半くらいになります。アイドル時代と大人になってからとでは、歌のスタイルなど全く変わっているのに、そのどっちも良いという、他に例を見ない歌手、松浦亜弥さんならではの、この企画なんですが、若干行き詰まり気味なんです。

 元々は、「今」の亜弥さんと「昔」のあややを比べて楽しんでいたんですが、亜弥さんのテイクも既に「今」とは、云えなくなりつつあります。つまり、「昔」の亜弥さんと、「もっと昔」のあややを比べている状態になっているんですよね。

 でも、同じ曲を大きくアレンジを変えることなく同じ歌手が歌っているのにも関わらず、それぞれに異なった魅力を感ずることができる、ということを広く皆さんに伝えたいんですよ。例えそれが過去のできごとになってしまったとしてもね。

2015年8月6日木曜日

「永遠の0」の主題歌を、敢えて初音ミクに歌ってもらう

 今年は終戦70周年、8月15日に向かって戦争に関する特集番組が連日放送されています。ぼくも、元ミリオタ小僧として、なにより一人の日本人として、太平洋戦争に関しては、一言なくもありませんが、それは此所では関係のないことですね。

 で、僕が此所で取り上げるのは、先日、地上波で放送された映画「永遠の0」についてです。この映画については、絶賛する人がいる一方で、特攻を美化しているという批判もあります。まあ、それも此所では関係のないことです。
 
 第一、「宮部久蔵」は架空の人物ですし、実際、こんな零戦パイロットがいたとも思えません。緒戦時に本気で空戦をしなかったという設定にも無理があります。それでは零戦乗りになる動機が分かりません。「永遠の0」は良くできた映画です。但し史実に取材していますが、事実ではありません。おっといけませんね。此所は、そういう話をする場では、ありませんでした。

 ぼくが、此所でこだわりたいのは、ヲタク心を揺さぶる、その制作技術に関してなんですよ。

 冒頭のシーンでもあり、ラストシーンにもなった、特攻の場面です。


 特攻初期の頃ならともかく、米軍の防空網をかいくぐって、ここまで、たどり着くというだけで凄い腕前です。高射砲弾が炸裂している描写があります。米軍がVT信管「マジック・ヒューズ」をつけた高射砲弾を水平に撃つことが現実にあったかどうかは別として、砲弾の破片が海面に飛び散るシーンなど、映像描写としては良くできていると思います。

 航空母艦「赤城」のVFXメイキング動画です。煙突から出る煙など、映画のシーンを見て、良くできているなあと感心したんですが、こんなふうに作っていたんですね。僕が子どもの頃の、怪獣映画の延長線上にある、飛行機をピアノ線で吊していた、特撮戦争映画とは、エラい違いです。


先日、フェリー火災の事故がありました。格納していたトラックが燃えただけであんな大惨事になってしまったことを思うと、空母は、魚雷を搭載している航空機などを格納しているわけですから、もしも火が付いたら、などと考えただけでも恐ろしいことです。

 では、主題歌をVFX・・・でなくって、Virtual Singerの初音ミクに歌ってもらいます。


 で、ミクに歌わせた理由なんですけど、僕は、サザンよりこっちの方が泣けるからです。初音ミクは、平和ぼけの産物です。日本が豊かで平和でお気楽な国であることの象徴です。僕らが平和に暮らすことが、彼らの思いに応えていることになると考えるからです。

 同じボカロPさんが作った「Append Dark」版もあって、どっちにしようか迷ったんですけど、こっちにしました。感情込めて歌う「Dark」版より、何も知らずに、ただただ可愛く歌っている「Standard」版の方が、かえって心に響いたものですから。
 
 ミクの歌は特攻隊を冒涜しているとでも・・・おっといけませんね。此所は、そういう話をする場ではありませんでした。

2015年8月4日火曜日

結婚記念日??

 今回は、ちゃんと覚えてましたよ。デビュー日と誕生日と2つ続けて忘れてたんで、今更なんですけどw
 もちろん、結婚記念日のことです。今日は、お二人にとって結婚2周年の記念日ですね。おめでとうございます。

 お二人は、交際期間が長くって、入籍前から、ご一緒に生活を始めていたとお聞きしました。慶太さんもインタビューで「交際が長く、お互いマイペースなので、結婚しても、前と何も変わらないんです。」って答えていましたし。というわけで、今日の日には、全く相応しくない曲名なんですけど、まるで、当時の、お二人のことを歌っているように思ったものですから・・・。
 歌は、1分7秒からです。


 このテイク、出だし間違えていたんですよね。貼り付けるまで忘れてましたw

 えっ、結婚記念日って、入籍日じゃなくって、結婚式を挙げた日になるんですか。

 だとしたら、今回は、フライングってこと・・・・・・・・?

2015年8月3日月曜日

ロート製薬×初音ミク「ぶれないアイで」~可愛すぎる初音ミク~

 突然ですが、ブルーライト等のデジタル疲れに効くという、ロート製薬の「デジアイ」と初音ミクのコラボムービーです。右目バージョンと左目バージョンがあるそうで、ファンに1人当たり2個ずつ買わせようって戦略みたいです。使用されている楽曲は、「Mitchie M」さんの「ぶれないアイで」です。


 製品そのものは、前からあったらしいんですけど、ミクとコラボしたのは、昨年からのようです。僕は、目薬をつけてまでパソコンを使わなければならない仕事ではありませんから、必要ないんですけど。このコラボで、売り上げがアップしたかどうかは・・分かりませんです。

 続けて楽曲のMVになります。

 初音ミクのCGもいろいろ種類がありますが、僕は、ピコピコ感の残るMMDくらいが丁度良いなって思っているんですよ。ゲームでもリアルなプレイステーション系よりもデフォルメされた任天堂系の方が好きなくらいですから。
 でも、今回の3Dムービーは、よくできていると思います。まあ、プロが本気で作っているんで当然といえば当然なんですけど。
 

 ね、可愛いでしょ。誤解を恐れずに云うと、二の腕とか太腿の量感まで伝わってきますよね。バーチャル技術もここまで来たかって感じです。

 さて、楽曲を作った「Mitchie M」さんは、ノリノリの曲調と一度聞いたら忘れないメロディー、独特の調教が特徴のボカロPさんです。特にメリハリのきいた歌わせ方は、大変リアルで「神調教」と云われてます。
 「Freely Tomorrow」を初めて聞いたときは、ちょっとした衝撃でした。ただ、メロディは凄く良かったんですけど、歌詞が全く意味不明だったんですよ。並んでいる単語は日本語だし、文法的には合っているんでしょうけど、何を言いたいのか全く理解できませんでした。と云っても、ミクの歌は、半分もおじさんには聴き取れないんで、関係ないと云えば関係ないんですけど。
 この曲もちょっと「?」なところはありますけど、ノリも良いんで、ライブでもやって欲しいです。スポンサー絡みだと難しいですかね。

 では、せっかくですので、もう1曲、「ビバハピ」を貼り付けさせていただきます。「Mitchie M」さんの調教の腕前が遺憾なく発揮された作品です。従来、ミクは、ラップや台詞は、不得意と云われていたんですけど、さすがですね。動画はMMD、こちらも可愛らしくできています。


2015年8月2日日曜日

「天使のウィンク」尾崎亜美・松田聖子・初音ミク ~凄すぎるライブテイク~

 今回も尾崎亜美さんでいきますね。第3弾です。

 「天使のウィンク」は1985年リリースの松田聖子さん20枚目のシングルです。この直後に神田正輝さんと婚約したんで、まあ、ジャニーズ某の痛手から立ち直って、歌にも益々磨きがかかってきた頃ということですね。

 で、もっと可愛いテイクもあるんですけど、今回は、あえてこれでいきます。松田聖子さんのライブテイクの動画って珍しいと思いますし。1993年とありましたから、事実なら31才頃のライブと云うことになります。31才でミニーちゃんですよ。凄すぎます。あと、カメラワークも凄すぎます。これじゃあ、おじさんは目が回ってしまいますよ。


 尾崎亜美さん、格好いい曲作りますよね。しかも、「マイピュアレディ」と「オリビアを聴きながら」と「天使のウィンク」、提供する歌手によって、みごとに作り分けているように思います。これが、ユーミンとかだったら、誰に作っても全部ユーミン節になっちゃうと思うんです。まあ、それはそれで良いんでしょうけど。
 
 続いて、尾崎亜美さんのライブテイクです。1991年とありました。しかし、この衣装いったい何なんですかね。っていうか、これ本当に、尾崎亜美で合ってるんでしょうか。心配になってきましたww。


 最後は、「天使のウィンク」初音ミク・テクノバージョンです。結構、変化球なんですけど、前の2人が凄すぎたんで一番普通に思えますw。まあ、ミクもまだまだ修行が足りませんね。


 尾崎亜美さんについての記事は、これでひとまず終了です。でも、いろいろと聴いてみると本当に良い曲が多いんで、今更ながら、ファンになってしまいました。

2015年8月1日土曜日

尾崎亜美「オリビアを聴きながら」feat.杏里&後藤真希

  先日、久しぶりにカラオケスナックに行きました。カラオケボックスでは、ありませんよ。スナックです。で、若い人たちは、知らない人の前で歌うことに違和感があると言ってました。確かに、カラオケボックスは仲間内だけですからね。今回も、知らないおじさんから、「お兄ちゃん良かったよ。」なんて声をかけられたりして・・・w、まあ、それが鬱陶しいというのが最近の風潮でしょうか。
 でも、その一方で、「歌ってみた動画」なんてのもあるわけで。もっとも、動画は自信のある奴が何度も撮り直しているわけですから、良いところは見せたいけど、人前で失敗はしたくないというのも最近の風潮なんでしょうね。
 
 前置きが長くなりましたけど、この「オリビアを聴きながら」を知ったのは、昔、カラオケスナックで、若い女性が歌っているのを聴いたからなんです。で、凄く良い曲だなって思ったんですけど、「何て曲ですか。」なんていきなり聞けないし、でもそれが「オリビア・・・」って曲だって分かってからは、楽譜を手に入れて、オルガンで弾いてみたり、僭越ながらカラオケで歌わせていただいたりしてました。

 「オリビアを聴きながら」は1978年、尾崎亜美さんが杏里さんに提供された曲で、杏里さんにとっては、デビュー・シングルになるそうです。実は僕、尾崎亜美さんが提供した曲だって知ったのは、楽譜を見たときなんですよ。それまで杏里さんのオリジナルだと思っていたんです。
 当初の売り上げは、5万5千枚しかなかったそうです。新人が出した楽曲ですからそんなものでしょうか。でも、その後、様々な歌手によって歌い継がれて、誰もが知るスタンダードナンバーになりました。
 では、まずは、杏里さんのテイクから貼り付けさせていただきますね。


 また話が脱線しますけど、有名なのに売れてない曲をまとめたブログがあって、この曲も、もちろん入ってました。あと、石川さゆり「天城越え」4万8千枚とかも出てましたけど、じゃあ石川さゆりが売れないのかっていうと、「津軽海峡冬景色」は72万7千枚売れてるらしいです。この違いがどこから来るのか全く分かりませんねww

 この曲、本当にたくさんの人がカバーしているんですけど、その中の一人に「後藤真希」さんがいます。で、このブログの性質上、ハロプロのタレントをスルーするわけにもいきませんから、貼り付けさせていただきます。で、オーケストラバージョンとどちらにしようか、迷ったんですけど、こっちの方が何となく歌に気持ちが入っていたんで決めました。誓って言いますが、衣装で決めたわけでは、ありません。


 いかがですか、悪くは、ないんですけど、僕的にはミキティに歌ってもらった方が良いような気がします。尾崎亜美のカバーは、やっぱりミキティというのが僕の結論です。

 では、最後に尾崎亜美さん直々に歌っていただきましょう。



やっぱりこれがベストですって?・・・聞かなかったことにします。・・・このブログ、やっていけなくなるんで・・・・w