2017年8月13日日曜日

八神純子「みずいろの雨」「思い出は美しすぎて」「想い出のスクリーン」 ~挑戦するボーカロイドたち~

 「高い声で歌うだけなら機械でもできる」の第2弾になります。もちろん、最終的な結論は、「やっぱり、八神純子さんは凄いなあ。」というところへ持っていくつもりであることを、予めお伝えしておきます。

 まずは、初音ミクによる「みずいろの雨」。この曲は、松浦亜弥さんも歌ドキッでカバーしていました。現在は、YouTubeのコメント欄の仕組みが変わって、批判的な書き込みは影を潜めてしまいましたが、以前のテイクでは、「所詮アイドル」みたいな書き込みがたくさんあって、一部ではバトルも繰り広げられていたように思います。
 まあ、「偉大な名曲を気安くカバーするんじゃネエ」ってことなんでしょうけど、歌唱力を披露したい人たちの絶好の挑戦曲でもあるわけですから、たくさんのプロ・アマが、この曲にチャレンジしてきたのも事実です。もちろんボーカロイドもその例外ではありません。

 このテイクは、いくつかあるボーカロイドカバーの中でも、ストレートな歌声とノーストレスな高音が特徴の、おすすめテイクです。初音ミクAppend Darkのささやくような高音が楽曲にピッタリだと思いますよ。


 いかがでしょうか。八神純子さん=熱唱という固定観念にとらわれず、この楽曲の持つ魅力を引き出していると思います。

 2つめは、ボーカロイドGUMIによる「思い出は美しすぎて」、伴奏は、耳コピによる打ち込みで、ギターは生で弾いているとのことです。


 Megpoid Whisperの声質が、ボサノバ調の楽曲にピッタリです。少しタメを持たせた歌い方がイイ感じですね。そして何より伴奏、ボーカロイドカバーにおいて、伴奏は重要ですからね。ギター格好良すぎでしょう。

 3つめは、結月ゆかりによる「想い出のスクリーン」。結月ゆかりの投げやりな唄い方が、妙に合ってます。説明なしで聴いたら、人間が歌っているって思うかもしれません。


 で、このテイク、いくら何でもやりすぎじゃないのかなって思って、八神さんのテイクを聴いてみたら、全く同じように歌っていたんで笑ってしまいました。

 いかがでしょうか。いずれも名曲ばかり、そして、どのテイクもボカロPさんの力作揃いだと思います。オリジナルの歌唱を分析し見習いつつも、ボカロの特性を生かした表現を追求する姿勢を賞賛させていただきます。

 優れたカバー作品は、オリジナルへのリスペクト無しには有り得ない。それが、人間だとしても、機械だとしても。ってところで、お終いです。

2 件のコメント:

  1. 八神純子さんとなればコメントせざるを得ないですね(^^)
    私がyoutubeに最初に投稿した動画(静止画)は
    彼女の歌ですからねえ。

    今回ご紹介頂いたものは
    どれも素晴らしい作品だと思いました。
    ボーカロイドの良いところが全面的に出ていたように思います。
    聴きようによっては
    本人歌唱に迫るクオリティかもしれません。

    ただし、最近「人工知能」の本を何冊か読んだせいもあって
    こういう手法によるボーカロイドの歌唱には
    限界があるようにも感じました。
    もちろん、そういう限界を承知で
    楽しんでおられる方々も居られるのでしょうから
    あくまでも、以下は私の個人的な思いということで。

    今回の八神純子ボーカロイドは
    確かに素晴らしいのですが
    やはり本人歌唱とは決定的に違います(当たり前でしょうけど)
    何が違うのか・・・多分、何回再生しても同じ歌唱だいうところが
    違うのだと思います。
    決められた手順の中で最大限に近いニュアンスを考えていく・・・そういうところに
    この種の歌唱を楽しむポイントがあると思うのですが
    それは、歌というのはその場その場で再生されて
    そのつど細かいニュアンスが違ってくる、という音楽の基本的な約束事を
    あえて(多分、そのことは十分承知の上で)スルーすることによって
    成り立っている文化なのだろうと推測するのです。
    ボーカロイドについて、基本的な知識も何もないのですが
    直感的にそんなことを思いました。

    私は、最近の人工知能の進化の手法をボーカロイドにも適用して
    ありとあらゆる歌唱テクニックをビッグデータで与えて
    より良い歌唱のためにボーカロイド自身が
    作者の手を離れて自分で歌唱方法を考えるという方向に
    発展していったときに
    新しいものが生まれるのではと期待しているのです。

    今は、ボーカロイドは
    何回再生しても同じ歌唱しかできませんよね。
    つきつめて言えば、見た目とか操作感はともかく
    原理はシンプルなソフトによって再生されているだけですから。

    ソフトの手順ではなくて
    ソフト自身が判断して
    自分にとって無意味なデータを破棄していくという
    「自立した囲碁ソフト」が開発できた時点で
    人工知能は大きく変わっていったという歴史があるので
    ボーカロイドの世界も
    そういう方向への発展があってもよいのでは
    と思っています。
    言うは易し、実現は・・・?という世界ではありますが。

    長文失礼しました。

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    1. コメントありがとうございます。
      お話の件は、ボーカロイド作品でなく、ボーカロイドそのものについてですね。
      作品についてであれば、八神純子さんのCDも何回再生しても同じですからw


      現状のボーカロイドは、単なる楽器ですから、
      人間が操作しなければ何もできません。
      でも、歌詞と音符を入力すれば、「それなりに」歌うようにつくられています。
      もともとは、人間が伴奏の練習をするときに、かわりに歌ってあげるとか、
      合唱で、アルトの練習をするときにソプラノを歌ってあげるとか、
      レコーディングで、コーラスをつけてあげるとかのために作られたので、
      ボーカロイドの歌唱そのものを鑑賞することは想定外のことでした。
      ですから、擬人化された初音ミクと、ボカロPの登場は、画期だったわけです。
      ただ、楽器の演奏に上手下手があるように、
      ボーカロイドの歌わせ方にも上手下手があります。
      初音ミクの「みずいろの雨」の作品は、たくさんアップされていますが、
      作品の出来は、様々です。
      初音ミクが上手に歌ったなら、賞賛されるべきは、ミクで無くボカロPですし、
      初音ミクの歌では感動できないと評価されたら、反省すべきはボカロPです。
      上手に歌わせるためのノウハウを積み重ねてるというのが現状だと思います。
      で、ボカロPの楽しみは、
      自分の指示通りに、ボーカロイドが歌ってくれるところにあり、
      その可能性を追求するところにありますから、
      ボーカロイドが、自分の判断で歌い始めたら、これは次の画期になると思います。
      車が自動運転になったら、ドライブが趣味の人はどうするかとか、
      ピアノが自分の意思で演奏したら、ピアニストは?ってところでしょうか。
      ただ、人工知能社会や、
      人工知能とボーカロイドの可能性については、大変興味がありますので、
      この話題については、宿題とさせて下さい

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